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last spurt
003


「ナナ! 待って」

ちょうど昇降口で靴を履き替えていた時、聞き慣れた声で呼び止められ俺は顔を上げた。

「栗本? と…川口、どうした?」

目の前にいたのは同じクラスの女子2人。俺の友達だ。部活中なのかどちらも体操服を着ている。

「これ、ナナに。作ってきたの」

川口の方が手に持って小さめの紙袋を差し出してくる。中を覗き込むと、そこには何度も目にしたことのある弁当箱があった。

「わ! ありがと、わざわざ待っててくれたのか?」

「しょうがないでしょ」

「サンキュー。いつも悪いな、もらってばっかで」

川口と栗本はよく俺に弁当を作って持ってきてくれる。最初はお菓子系が多かったが今では食べ物がほとんどだ。こんなに良くしてくれるのは多分、俺の家の事情を知ってるからだろう。コイツらは何も言わないけど。
正直同情されるのはあまり好きじゃないが、助かってるのも事実だ。だからこれは彼女達からの好意だと思って毎回ありがたく受け取っている。

「ねえ、ナナ」

「んー?」

待ちきれず弁当の中身を確認していた俺に川口が恐る恐る、といった感じで話しかけてきた。

「私達、偶然職員室で聞いちゃったんだけど…」

「うん」

弁当を袋に戻し顔を上げると2人の不安そうな顔が目に入った。

「ナナが夜中に遊びまわって、危ないことしてるって」

「……っ!」

その時、俺は動揺を隠すのに必死だった。2人の言葉はそれだけ衝撃的だったのだ。

「…誰が言ってた」

「こ、近田先生と教頭」

「………」

クソ、どうりで修平の様子がおかしいはずだ。近田は時々夜の街で見かける。あらかた俺がぶらついてる姿でも見たんだろう。もしくはやり合ってる姿か。

「ねえ、嘘よね。ナナがそんなことする訳ないよね」

川口らの言い方から察するに見られたのは喧嘩の現場だ。今日は厄日だな、本当に。でも心配するほどのことじゃない。俺がミスしなけりゃ学校はどうせ何も出来やしないんだ。

「馬鹿だなあ、俺がそんなことするわけないだろ! 危ないこと? 何だよそれ。人違い人違い」

おちゃらける俺を見て途端にほっとしたような笑顔を見せる2人。教師の言うことより目の前の友人を信じるのは当たり前だろう。

「そりゃたまに夜でも遊びに行くけどさ、ヤバいことなんてしてねーよ。近田の奴、俺のこと嫌ってるからそんなこと言うんだぜ」

「…だよね! ごめん、変なこと訊いて。──あ、そうだコレ」

ぱあっと表情を明るくした栗本は鞄の中をなにやらごそごそと探り出し、小さめの茶色い紙袋を取り出した。

「クッキー、2人で作ったの」

「ホントに? 俺にくれんの?」

「うん。確かお兄さん甘いもの好きって、ナナ言ってたよね」


固まってしまった俺を見て川口は不安そうに首を傾げてくる。俺は慌てて笑顔を取り繕った。

「ありがとう。きっと兄貴も喜ぶよ」

「良かった。じゃ私達部活だから」

「おう、頑張れよ」

「ばいばい、ナナ」












2人の姿が見えなくなってから急いで学校を出た。修平のせいで時間をかなり無駄にしてしまっている。いったん家に帰った後、すぐに着替えて財布と携帯だけ持ち、再び駅に向かった。


電車で10分、到着した時、時刻は6時を過ぎていた。優哉が事情を説明してくれているだろうが、早く行かなければすっぽかすのではないかと疑われてしまう。俺はポケットに突っ込んでいた携帯を手に取り受信履歴から電話をかけた。


『もしもし、ナオさん?』

「ああ、悪いな待たせて。思ったより時間がかかった」

『いえ、早い方ですよ。柴田先生にしては』

優哉と話しながら人ごみをうまく避け、俺は大通りから裏道に入った。こっちの方が近いし障害になる大勢の人もいない。

『今どこなんですか、みんな待ちくたびれてますよ』

「駅出たとこ、もうすぐ──うわっ」

『どうしました?』

小走りしていた俺は自分の体に急ブレーキをかけ身を隠した。耳に優哉が何度も俺を呼ぶ声が聞こえる。やっぱり今日は悪いことばかり起こる日なんだな。とてつもなく嫌なものを見てしまった。

「ヤベェよ優哉。前方に、ブラッドなんたらの取り巻き発見」

『ブラッド……ブラッド・バインズですか!?』

「ああ」

『気づかれました?』

「いや、それはまだ大丈夫」

優哉の動揺が電話越しにも伝わってくる。もちろん俺もこの時ばかりは少し焦っていた。

『ナオさん、彼らは“ヤバい”です。知ってるでしょう。今すぐその場から逃げて下さい』

「わかってるよ」

ブラッドなんたらのことは優哉が何度も口をすっぱくして注意してきたから、嫌でも覚えてる。要注意のチームだ。こんな所でもたもた相談してる訳にはいかない。またかけなおす、と優哉に伝え俺は電話を切り身を隠す場所を探した。


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