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last spurt
002


校内に人の気配も消えた頃、指導室で俺は修平と2人睨み合いを続けていた。この分だと今日は当分帰してもらえそうにない。

「日浦、お前いい加減ちゃんと学校来いって。昨日だってどうせサボりなんだろ」

「き、決めつけんなよ。体調が悪かったっつってんじゃん」

「………」

修平のあの目、絶対俺のことを疑ってる。さっきからこの会話の繰り返しでいい加減うんざりだ。

「俺もう行っていい? 優哉と約束があるんだけど」

「まーだーだ」

おお、恐っ。さすが元ヤン。

「つーか日浦、十和を舎弟にすんのはもうやめろよ。お前アイツまで留年させる気か」

「……は?」

まったく予想外のことを言われて俺の頭は一瞬真っ白になった。舎弟、って。

「俺と優哉はそんなんじゃない! 友達だ!」

「え、マジで?」

怒って怒鳴り散らす俺に修平は本気でびっくりしたみたいで、さっきまでの威厳が消えていた。コイツ、教師のくせに今まで俺と優哉をそんな仲だと思ってやがったのか。

「でも十和、お前に敬語使ってんじゃん」

「あいつは誰にでも敬語なの!」

「……なんで?」

「なんで、って」

………何でだろ。俺も深く考えたことないからわからない。昔からずっとそうだったから。強いて言うなら多分、親の厳しい教育の賜物な気がする。

「お前らみたいな正反対の2人が仲良しって、変な縁もあるもんだなあ。いや、誤解して悪かったよ」

「………」

修平の言うとおり、俺と優哉は外見も性格も似ても似つかない。でも俺達の関係は昔、俺が少しやんちゃで優哉が少し真面目なだけだった幼稚園の頃から続いている。というより、俺がずっと優哉にくっ付いてまわってたんだ。

「…別に、俺が優哉といたいだけだよ。俺のことわかってくれるの、アイツだけだから」

俺はほとんど無意識のうちに優哉が自分の側にいるように仕向けていた。俺が夜遊びなんかに引きずり出したから、アイツの両親は俺のことあまりよく思ってない。でも優哉の母さん達は優哉のこと大好きだから、本人の意志に任せたいってのがある。だから俺は優哉を守ってやらなきゃいけない。今までもずっとそうしてきた。

「頼む、修平! 俺これから真面目になるから、今日は見逃してくれ!」

やっぱり優哉を1人で行かせたのは間違いだった。チームに属しているというだけで喧嘩を売られる立派な理由になる。タイマンじゃあまず負けないだろうが、1人にするのはやはり心配だ。

「お前なぁ、そんなの信用出来る訳ないだろ。実は俺入れ墨入れてるんです、って言われた方がまだ信じられる」

「なんだよそれ! 俺は本気だ。これからはちゃんと学校にも毎日来るし、卒業だってしてみせる!」

確か3年に上がるのも結構ギリギリだった。留年を免れた運の良さに感謝すべきだ。

「だからさ修ちゃん、今日はもう帰っていい? 大事な用があるんだって」

必死に拝む俺を見て、机に肘をついた修平はこれ見よがしにため息をついた。

「そんなお願いして、俺がお前の頼みを素直にきくと思ってんのかよ」

「思ってる」

「…なんで?」

不思議そうに尋ねてくる修平に、俺は自信たっぷりに答えた。

「だって修ちゃん、俺のこと好きだろ」

修平は普段俺に厳しい。校則破りまくってるんだから当然といえば当然だ。でも修平は他の教師のように頭ごなしに怒ったりせず、学校の鼻つまみ者の俺の話もちゃんと聞いてくれる。

「俺も修ちゃん好きだよ。先生の中で一番」

そう言って笑った俺は、修平の様子がおかしいことに気がついた。いや、おかしいというより無反応だ。目をぱっちり開けたまま固まっている。

「……修ちゃん?」

もしもーし、と修平の顔の前で手を振ってみた。リアクションを見せない修平に変だなと目を顰めた瞬間、手首をかっちり掴まれた。

「先生って呼べっつってんだろ、日浦」

耳ダコになりそうなほど聞かされてる台詞なのに、この時だけはいつものとはニュアンスが違っている気がした。てっきり、テメェなんか好きじゃねえって怒鳴られると思ったのに。

「…お前さ、危ないことに巻き込まれてないよな」

「──っ」

びっくりした。俺が不良チームのリーダーだなんて修平は知らないし、学校では暴力的な部分は完璧隠してるつもりだ。それなのに何でそんなこと。

「俺、心配なんだよ。お前何か今日元気ないみたいだし」

修平はすべてを見透かしてしまうような目で俺を見つめる。それが嬉しくもあり、つらくもあった。

「………何でもない、何でもないよ」

まさか気づかれるなんて思いもしなかった。修平はほんの些細なことにも敏感だ。だから恐い。これ以上踏み込まれる前に俺は立ち上がり鞄を手に取った。

「おい日浦! まだ話は…」

「悪い、本当に今日は大事なんだ!」

とやかく言われる前に駆け出そうとした俺の足は修平によって止められた。

「修──」

「学校休む時は、ちゃんと連絡しろ。俺の携帯でいいから。これだけは守ってくれ」

逃げようとした俺をしかりもせず、修平は大真面目な表情でそう言った。こんな必死な顔をするなんて修平らしくない。

「……わかった」

「約束だからな」

「ああ、約束する。ちゃんと修ちゃんに連絡するよ」

俺は心配してくれた修平に礼を言って教室を飛び出し、廊下を小走りで駆け抜けた。最後に見た修平の顔は、何故だか不安そうに見えた。


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あきゅろす。
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