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ストレンジ・デイズ



「……それは、無理ですよ。俺はここから離れることができないんですから」

ひびき様が出した条件は俺の意思とは関係なく不可能なものだったので迷うことなく断った。響介様がここにいる限りどこにも行けないし、そもそも俺がひびき様に会いに行くこと自体危険すぎる。

『何で?』

「……何でって、きいてないんですか?」

『だから何がだよ』

「いえ、あの…俺は今真宮邸にいないんです。諸事情で、仕事に出てまして」

『は? 響介がそれ許したわけ?』

「いえ、響介様も一緒です」

『…んだそれ、どういうことだよ』

その後暫く沈黙が続き、俺は正座してひたすら言い訳を考えていた。続く言葉がなんとなく予想できて、いよいよ追い詰められていく。

『とにかく、今どこにいるか言え』

「……それは、無理です」

『何で』

「言えないんです、理由も含めて。申し訳ありません」

響介様は今は隠れている身なのだ。たとえ相手が実の兄でも不用意な発言はできない。

『香月お前……俺に隠し事できる立場だと思ってんの?』

「……申し訳ありません。すべて響介様のためなんです」

『ははっ、そうかよ。お前そう言ったら何でも許されると思ってねぇ?』

ひびき様の声色が変わって、俺は思わず携帯を投げ捨てたくなった。電話越しの相手に俺はなぜこんなにも怯えているのか。

『あー、今ちょっと手ぇ離せねぇからいったん切るぞ。またかけるから絶対出ろよ。着信拒否なんかしたら許さねぇから』

「ひびき様、待ってくだ──」

『またな、香月』

通話が一方的に切れた後も、俺はしばらく動けなかった。響介様にこの件を話すべきか迷ったが、何も知らない彼に何を言えばいいのか。ひびき様が勘当されたことすら響介様には話せない。そんなことを言えば兄に会うためにこの学校を飛び出しかねない。たとえひびき様が響介様に事情を聞こうとしても、番号を変えているから連絡がとれないはずだ。

「大丈夫、あの人にこの場所がわかるはずがない。大丈夫、大丈夫」

ひびき様を電話で説得するだけのはずが、面倒なことになってしまった。彼からの電話など無視したいが、そんなことをすれば後でどんな目にあうか。すぐに居場所がバレる心配はなくとも、これからしつこくひびき様からの着信が続くかと思うとそれだけで酷く目眩がした。




俺の不安をよそに、ひびき様からの電話は一向にかかってこなかった。すぐにでもかけ直してくるだろうと身構えていた俺には、逆にこの静けさか不気味でもあった。
もしかしたら彼に何かあったのかとも思ったが旦那様や怜悧様からは何の連絡もない。ひびき様も俺に電話なんかかけて真宮家と縁を切ったことをとやかく言われるのは嫌だったのか、もしくは響介様のことが気になって実家に戻り父親と話し合いでもしているのか。
三日たっても連絡のない理由としてそんなことを考えていた俺の安寧の日々は、東海林さんからの電話によって打ち砕かれた。

『……あー、もしもし? いきなり電話して悪い。いま門のところにアンタに会いたいって男が来てんだけど』

「俺に、ですか?」

時間は午後2時をすぎたところ。職員室にいた俺は東海林さんの言葉に思わず立ち上がった。俺に客人など通常あってはならないことだ。

「何者ですか」

『えーっと、真宮響っつたかな。真宮って確かあんたんとこの家の人間だろ?』

「ひびき様ですか!? 嘘でしょう!?」

一番予想される人物だったにも関わらず俺は驚きのあまり大声を出してしまう。いったいなぜこの場所がバレたのか。理由によってはもうここは安全な場所ではなくなってしまう。

「いま彼はどこに」

『どこってまだ門の外だけど』

「そのままで待ってもらってください。すぐ行きます」

東海林さんとの通話を切ると、大声を出した俺を何人かの先生達が見ていたので頭を下げて謝った。俺の目の前にいた藤堂先生も何事かとこちらを見ている。

「山田先生? 何慌ててんの?」

「いえ、何でもないです! ただちょっとお腹の調子が悪いのでトイレに行ってきます」

「え、大丈夫かよ」

「大丈夫です!」

藤堂さんに頭を下げて小走りで職員室を出ると、そのまま全力疾走する。基本校舎内は下靴なので、最短ルートを選んだ俺は誰も見ていないのを確認して窓から外へと飛び出した。


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あきゅろす。
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