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ストレンジ・デイズ



「私もう帰る」

「えっ」

怜悧様の突然の言葉に俺と響介様はもちろん慌てた。自分のせいだと思った響介様はなんとか妹をなだめようとしていたが、怜悧様の意思は固かった。

「別に怒って言ってるわけじゃないもん。お姉ちゃんにも会えたし、ここに長居すると良くないってわかったし」

「怜悧…」

「じゃあまたね、お姉ちゃん。会えて良かった」

怜悧様が響介様の頬にキスをして、感極まった響介様が放心したことで決着がついた。すっかり意気投合していた乙香様と唄子さんはもう少し話していたそうだったが、怜悧様に引っ張られ、到着早々ではあるものの二人は帰ることになった。






「あーあ、やっぱ来るんじゃなかったなぁ」

校門前のバス停まで見送りに出た俺に、隣の怜悧様が呟いた。自分も見送りたいと言った響介様を拒否したところから見ても、怜悧様は相当先程の事でショックを受けているようだった。

「怜悧ちゃんが博美くんのこと好きだったなんて、私知らなかった」

「なに言ってんの乙香ちゃん。あんなの嘘に決まってるじゃない。響介が馬鹿なこと言うから困らせてやりたかっただけよ」

「あらそうなの、残念ねぇ」

怜悧様の好きな人は響介様であるが、もちろんそんなことは母親である奥様は知らない。そんなことを暴露したらいくら子供に無関心なこの人もどうなるかわからない。

「香月、私もう響介はあんたに任せることにしたから。最初からこうなるのはわかってたことだし」

「怜悧様…」

意外なほどあっさりと怜悧様はそう言った。これはつまり彼女はもう響介様を諦めるということだ。絶対に報われることがないとわかりきっているとはいえ、潔いものだった。

「俺に、任せてくださるのですか? しかし…」

「あの阿佐ヶ丘とかいう女にとられる方が何万倍も腹立つわよ。あんたのこと認めてやる代わりに、変な女は響介からちゃんと遠ざけなさい」

「…ぜ、善所します」

怜悧様が俺を認めてくれたのは嬉しかったが、結局俺は自ら動いて響介様を奪うことなどできない。彼の未来を邪魔することはできないのだ。悪女を排除するのは容易でも、響介様に相応しい相手ならば応援しなければならない立場にある。

「でも本当に来た甲斐なかったわ。トミーにも会えないし、響介はおかしくなっちゃってるし、乙香ちゃんがどうしてもって言うから危険を承知でここまで来たけど」

「えっ、乙香様が?」

どちらかといえば子供に無関心の彼女がなぜ響介様に会いたがったのか。彼女の方を見るとなんとも気まずそうにちらちらと俺を見ていた。

「実は、博美くんが頼みがあって…」

「俺ですか…?」

「電話で話せるようなことじゃなかったから、怜悧ちゃんに頼んで連れてきてもらったの。あのね、ヒビキくんの事なんだけど」

「げっ!!」

その名前が出た瞬間、俺は全身に鳥肌がたった。真宮響(ヒビキ)、乙香様の息子で響介様の兄、つまり真宮の長男にあたる男だ。

「ひ、ひびき様がどうかしたんですか…」

「あの子って、昔から警察沙汰の暴力事件とか起こしてたらしくて…私は話で聞いてただけだからよくわからないんだけど。それで最近また喧嘩しちゃったみたいでね」

「ま、またですか? でもひびき様は…」

「そうなのよ〜! あの子もう成人しちゃってるじゃない? それで祐司さんがもうカンカンで、お前なんかもう知らないって勘当しちゃったのよ〜〜」

「え!?」

ひびき様は俺が真宮家に来た当初から俗に言う悪ガキで、年齢が上がるにつれてそれはさらに酷くなっていった。旦那様との喧嘩などは日常茶飯事だったが、彼の悪事は旦那様の力でほぼ揉み消されていた。大学生になってからは一人暮らしをしていたので彼の近況は知らなかったが、まさかそんなことになっているなんて。

「ヒビキ君も謝れば良いのにあっという間に家を出て音信不通になっちゃって、いくら連絡しても繋がらないしどうしようかと思ってたの。そしたら怜悧ちゃんが博美くんの言うことなら聞くかもっておしえてくれて」

「な、何で俺が!」

「ひびきって香月には結構なついてたじゃない。あんたから連絡すれば連絡とれるかと思って」

「なつかれてなんかいませんよ! やめてください!」

怜悧様の言葉に全力で否定する。俺とひびき様はまったくもって仲良くなどないし、むしろ彼には二度と会いたくないと思っていたくらいだ。

「怜悧様が連絡してくださいよ…」

「何ボソボソ言ってんの。連絡したけど無視されたわよ。私はぶっちゃけどうでもいいけど、乙香ちゃんがこうやって頭下げてんだから電話くらいしてあげなさい」

「お願い博美くーん!」

「……嫌です」

俺の苦手な人ナンバーワンは永遠に真宮ひびき様だ。彼と関わらずに済むならどんな犠牲を払ってもかまわないとさえ思う。

「ヒビキ君が荒れてるのは全部私が悪いのよ。あの子のことは特にお手伝いさんに任せっきりだったから。キョウ君と怜悧ちゃんがまっとうに育ったのは博美くんのおかげだもの」

「まっとう……?」

「お願い博美くん、あの子を説得して。きっと今頃引っ込みがつかなくなってさらに荒れてるわ。情けないけど、私ができるのは貴方に頼むことだけなの」

「そ、そんな言い方はズルいですよ」

基本的に俺は真宮家の人間に逆らうことなどできない。俺を育ててくれた恩があるし、彼らの力になりたいと純粋に思っている。俺の我が儘だけで電話一本もかけられないなんて許される訳がない。

「わかりました……電話だけなら」

「ありがとう博美くん! 頼りにしてるね!」

何か厄介事に巻き込まれるのではと今日は朝からずっと神経をとがらせていたが、まさか最後の最後にこんなお願いをされるなんて。安請け合いしてしまったことをすでに後悔しつつ、俺はおとなしく乙香様に抱きつかれていた。


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