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ストレンジ・デイズ



俺は重い足をなんとか動かし、ロビーで靴を脱いだ。おばさんがおしえてくれた俺の靴箱を開けると、そこにすでに小宮の刺繍が入った青色のスリッパがあった。俺はそれを履き、自分の靴を下駄箱に入れ我が部屋へと向かった。

俺はよく、人に楽観的すぎると言われる。もっと悩め、考えてから手を出すんだ、と。けれどもこの状況は、さすがの俺でも悩まずにはいられなかった。

どうしようどうしよう。絶対バレる。このカツラと化粧だって1日中してるわけにはいかないし。かといって化粧をとったら完璧男だし。バレたら絶対変態扱い。裕司の力で訴訟はまぬがれるだろうが、一生大手を振って外を歩けはしないだろう。

そんなことを考えてるうちに、もう到着してしまった201号室。横にあるネームプレートには、はっきりとした活字で2つの名前が並んでいた。


阿佐ヶ丘 唄子
小宮 今日子


阿佐ヶ丘唄子…? 演歌歌手みたいな名前だ。変わってる。

俺はカードキーを、ドアノブの下に取り付けてあるカードリーダーに差し込み、スラッシュさせた。ピピッという電子音がしてドアが開く。

おばさんの、ルームメートはコンビニに行ったという話通り、中には誰もいなかった。けれど部屋の電気はついていて、ついさっきまで人がいたことを示している。

俺はスリッパを脱ぎ、そっと誰もいない部屋に上がり込んだ。意外とせまい。たくさんのダンボールの山でそう見えるのかもしれないが、俺の部屋の半分程度の広さしかなかった。
フローリングの廊下を進むと、リビングのような大きい部屋があった。そこを見た瞬間、俺は言葉を失った。

2つの窓があるその部屋には、勉強机が2つ。小さめの卓袱台の横にはふかふかのソファー。頭上にはエアコン。奥にダイニング。冷蔵庫、炊飯器、ポット。電子レンジは台所に取り付けてあり、テレビさえあれば完璧に充実した部屋となっていた。けれど俺が驚いたのはそこじゃない。

俺が驚いたのは、部屋の左端にある大きめの二段ベット。

これはつまり、ここが完全なる“2人部屋”だ、ということだ。

どうしてこんなに何でもある部屋なのに、二段ベットなんだ!? 絶対におかしい。もう俺帰った方がいいかもしれない。

まあ年頃の男とはいえ、頑張れば何もない自信はある。けれどもしルームメートの女子がすっげえ美人だったら? 俺のちっぽけな理性なんて簡単に吹っ飛ぶかもしれない。そうなったらもうおしまいだ。俺は一生引きこもって暮らすしかないだろう。

とそのとき、ガチャンという音が玄関から響き、俺の体はこわばった。帰ってきたんだ、俺のルームメートが。

俺は顔をひきつらせながらも、ドアを開けた同室者の姿を確認する。その瞬間、当然ながらソイツと目があった。

2人して凍ったように固まる俺たち。それでも俺の目と脳だけは、相手を注意深く観察していた。

阿佐ヶ丘さんは、パッと見る限りではどこにでもいそうな普通の人だった。中肉中背、顔は不細工でも特別、美少女でもない。とりあえず理性が吹っ飛ぶ心配はなさそうな平凡な子だ。だが髪の毛が明るい茶色に染まっていることだけが気になる。この学校にいるということは成績優秀のお嬢様だろうに。

彼女はビニル袋をぶら下げて、俺を見たまま少しも動かなかった。ついに俺の方がしびれをきらし、彼女に話しかけた。

「あの…阿佐ヶ丘、さん?」

すると彼女はわなわなと体を震わせ、体と同じくらい震わせた唇をやっと開いた。


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あきゅろす。
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