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未完成の恋
006


「ひ…ひなた……」

そう、目の前に呆然と立ちつくすのは俺の親友、天谷ひなただった。どうしてここに、と言いたかったが言葉が続くことはなかった。

「なに、してるの?」

ひなたは訳が分からない、という顔をして一歩俺に近づく。俺の手は九ヶ島の首にまわり、九ヶ島の手は俺のシャツの下から背中に回されていて、とても普通の状況とは言いがたい。
そしてひなたは何かを察したようにそのままゆっくり階段を降り、ついにきびすを返して走り出した。

「ひなた!」

俺は慌てて立ち上がり階段を2段とばしでおりる。あっという間にひなたに追いつき手首を掴み引っ張った。

「違う! 誤解だ!」

俺はひなたにきちんと説明しなきゃならない。このままじゃひなたは……。

「こっち向けよ、俺を見てくれ」

ひなたはあいかわらず俺に背を向けたまたうつむいている。俺の胸がジクジクと痛んだ。

「頼む、ひなた」

こんな形でバレるなんて思わなかった。お前に嫌な思いはさせたくなかったのに。

ひなたの俺から逃れようとする力が抜けていき、ゆっくりと振り返る。内心ほっとした俺は弁解しようと口を開いたが、ひなたの顔を見た瞬間、言葉を失った。
ひなたは涙をいっぱいためて、今まで見たことのないような目で俺を睨んでいたのだ。

「──裏切り者」

ひなたがそう吐き捨てた瞬間、俺は指一本動かせなくなった。まばたきすることも、息を吸うことさえ出来ない。

俺の手からするりと離れ走っていくひなたを、俺はただ黙って見ていることしか出来なかった。





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体育館裏にはいなかった。となると、もうここしか思いつかない。俺は全速力で階段をかけあがり、屋上へと続くドアを開けた。

「天谷!」

俺の目に飛び込んできたのは予想をはるかに上回る酷い光景だった。
かなり前俺が痛めつけた男達と九条がなにかを囲むように立っている。その“なにか”の姿をはっきり確認したとき、俺は理性なんてものはあっという間に消えていた。

「テメェら! ぜってえ許さねえ!!」

俺はヤツらに向かって全力で走り一番近くにいたヤツを殴りつける。とどめとばかりにそいつの顔を蹴り飛ばした。そうしているうちに他の奴らは逃げてしまったが、それはかまわない。復讐なら後でいくらでも出来る。

俺の拳でのびた男を乱暴に転がした。目の前の光景を俺は受け入れることが出来なかった。

「天谷……」

俺がすぐに彼だとわかったのは、天谷がここにいるという確信があったからに他ならない。まるで人形のように微動だにしない天谷はシャツに自らの血が染み付き意識はない。あんなに綺麗だった天谷の顔は血で汚れ生気がなかった。

「嘘、だろ…」

俺は天谷の頬にそっと手を添える。どうしてコイツが、こんな目にあわなきゃならないんだ。…いや、理由はわかってる。俺のせいだ。

「──ごめん。ごめんな、天谷」

こんなことになるなんて、思わなかった。今まで俺への恨みの矛先が他人に向けられることはなかった。なぜならそれは、俺が今まで、ずっと独りだったからだ。

「…どうして、謝るの……?」

小さくかすれた声が聞こえ、俺は顔をあげた。瞼がふるえ目を開けた天谷を見て意識があることに気がつく。
本当のことを言ったら、コイツはどう思うだろう。俺を恨むかもしれない。いくら優しい天谷でも、こんな理不尽に殴られるなんて堪えられないだろう。

「俺の、せいだから…だ」

言ってしまってから、なぜだか酷い虚無感におそわれた。さっきまで頭に血がのぼっていたが、それも急速に冷めていく。

「…さっきの男は九条。俺を恨んでるんだ。それで、お前に……」

意識があったことに少しほっとした俺は天谷の体をざっと調べケガの状況を確認する。おそらく殴られたのは腹と顔。とくにわき腹は集中的に暴行されていた。

「……天谷、もう俺に近づくな」

「どうして?」

「どうして、って……」

そんなの聞くまでもないだろ。俺の、そしてお前の、自分自身の為だ。

「僕…嫌だよ、そんなの」

つらそうに上半身だけ体を起こす天谷の、痛さでゆがんだ顔を見て俺は思わず彼の肩を抱いていた。

「…わかってねえな、お前は俺のせいで殴られたんだぞ! 復讐の道具にされたんだ!」

ひるむだろうと思っていたひなたは俺の予想とは裏腹に、キっと視線を向けてきた。

「そんなのわかってる」

馬鹿にするな、とでもいいたげな天谷の表情。こんな顔、初めて見た。

「じゃあどうして、俺の言うことがきけないんだよ!」

お前の為なのに。離れることが、お互いにとって一番いいはずなのに。

「………だって僕、木月君とちゃんと友達になりたい」

「───っ」

つかんだ肩は震えていて弱々しい。でも俺よりもずっと強い口調だった。

「…なんで」

消えかけの言葉しか出てこない。俺なんかと仲良くして、何の意味があるっていうんだ。いいことなんて、1つもないのに。

「木月君のこと、好きなんだ」

天谷の言葉が、俺をつらぬいた。

「す、き?」

慣れていないどころか言われたこともないような言葉に、俺はいきなり日本語がわからなくなったみたいだった。頭では理解してるのに、実感ができない。

「この前、…言わせてくれなかったから」

この前? それはいつだ。

問いかけるように天谷を見ると、彼は俺の腕に触れ、その汚れた顔に似合わない笑顔を見せる。

「やっと…木月君、僕と話してくれるようになったのに…離れるなんて、絶対いや」

腕をさらに強くつかまれ、コイツのどこにこんな力があるんだ、と吃驚した。俺を逃がすまいと必死なのがよくわかる。

「僕はどうなってもいいんだ、それが木月君の傍にいられる代償なら…だから、離れるなんて言わないで……」

天谷が最後まで言い終わらないうちに、俺は彼の肩に手を回した。怪我が悪化しないよう、優しく。

「木月、くん…?」

天谷の驚いた声。無理もない。自分自身でも驚いてるんだから。俺が自ら何かを欲するなんて。こんなに、コイツが欲しいだなんて。

「どうなってもいいなんて言うな。お前は俺が、守るから」

前に自分の心からの気持ちを伝えたのは、いつだっただろうか。
言葉はこういう時に使う物だ。他人を傷つけるために使うんじゃない。

「だから、頼む。…俺の傍にいてくれ」

天谷、俺もお前が好きだ。
他の奴らとは違う。お前になら、いくらでも優しくしてやれる。
お前以外、いらない。

何度も誰かを殴ってきたその手で、俺はしっかりと天谷の存在を確かめるように抱きしめた。俺の欲しかったものは、もう俺の手の中にある。天谷は応えるかわりに俺の背中に手を回し、弱い力で俺を、俺の心をいつまでも締め付けていた。

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