未完成の恋 004 その翌日の放課後、俺は颯太先輩と屋上につながる階段の上にいた。本当は屋上に行きたかったが天気はいつも通りの雨で、出ていけばずぶ濡れになっていただろう。 「先輩、俺ちゃんと九ヶ島に言いました。もう会いたくないから近づくな、って」 これを聞いてもらうために先輩を呼び出したのだ。なぜだか俺は、先輩に一刻も早く聞いてもらいたかった。 階段に座りながら俺の頭をそっとなでる先輩。優しさが身にしみる。 「でも俺…しばらくは忘れられそうにありません」 俺が初めて好きになった人といっても過言ではない。九ヶ島の顔を見るたび苦しむことは明らかだ。 「そんな顔するな。お前は正しいことをしたんだから」 先輩が俺を慰めようと俺の頭をそっとなでる。そうだ、俺はこれが欲しかったんだ。自分が正しいという安心感。それがないと後悔と自責の念でいっぱいになってしまう。 「颯太先輩……」 俺は先輩の腰に手を回し、泣きそうになるのを必死でこらえた。 「…いつまでもこんなんじゃ、駄目ですよね。俺にはひなたが、颯太先輩がいるんだから」 俺は一呼吸してから、ゆっくりと先輩から離れる。俺の手はまだ名残惜しそうに先輩の腕に触れていた。 「圭人、俺……」 「おい」 先輩の言葉は別の声によって遮られた。慌てて振り返った俺は声の主を見て、愕然とした。 「……成瀬」 「よお颯太」 いつもの軽い調子で階段を上ってくる九ヶ島。ゆっくり立ち上がった先輩は奴の前へ、固まったままの俺をかばうように立ちふさがった。 「何の用だ」 いつもの颯太先輩からは想像もつかないほどの濁った声。俺はそんな先輩の声を聞きながら九ヶ島から目が離せなかった。 「お前にじゃねえ、コイツにだ」 九ヶ島が顎で俺を指した瞬間、奴と目が合う。その目の奥にある意志の強さに眉をひそめた。 「もう圭人のことはほっといてやれ。お前が何したか、俺は知ってる」 颯太先輩の言葉に九ヶ島はさして驚かなかった。最初から予想していたみたいだ。 「お前には関係ない。俺は圭人と話したい」 「だからもう話は…」 「待って下さい、先輩」 俺は颯太先輩の説得を止めた。先輩の怪訝な顔が見なくても浮かぶ。 「俺、九ヶ島と話します」 俺は自らを奮い立たせるように九ヶ島を睨んだ。コイツの話が何にせよ、ここで逃げていたら駄目だ。わかってもらえないなら、わかってもらえるまで自分の気持ちをぶつけるまで。 「でも圭人…」 「平気です。何言われたって、俺の気持ちは変わりません」 俺が九ヶ島を挑戦的に睨むと、奴はひどく真剣な顔をして俺を見ていた。 「というわけだ。颯太、悪ィけど2人にしてくれ」 九ヶ島の憎たらしい言い方にいらつきつつ、俺は不安げな顔で俺を見つめる先輩に微笑みかけた。 「大丈夫ですってば。信じてください」 「でももし…」 「先輩」 さらに笑みを深くする。いたって冷静な俺を見て先輩はやっと折れてくれた。 「…わかった。圭人がそう言うんなら」 先輩は鞄をつかみ俺の頭を優しくなでた。 「後で電話しろよ」 「…はい」 心配性の先輩に嬉しくなって思わず笑みがこぼれる。先輩は九ヶ島を一睨みしてから階段をおりていった。 九ヶ島と2人きりになった俺は、先ほどの颯太先輩とは比べものにならないほどキツく奴を睨んだ。 これくらいで揺らいじゃいけない。そう自分に言い聞かせてから俺は口を開いた。 「で、話ってなんなわけ」 話は昨日ついたはずだ。それなのにいきなり何なんだ。俺とお前はもう終わった。いや始まってもいなかった。それなのに。 「うっ……!」 すっかり油断していた俺はいきなり壁に押し付けられ息が詰まる。自分を落ち着かせるのに必死で俺は奴の変化に気づいていなかった。 「なに、する…」 九ヶ島の冷たすぎる目を見た瞬間、俺は言葉を失った。 「お前に話があるってのは嘘だ」 俺は、この目を知ってる。確かに見たことがある。 「お前の望み通り、強姦してやるよ、圭人」 もう、逃げられない。 [*前へ][次へ#] [戻る] |