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トラベルマン
1



「………」


――――あれ?



わたしは目を見張った。

辺り一面の人込み。


ざわざわざわざわと雑音が集まっていて、周りには天にそびえる高いビルが何本も何本も立っている。


車の音。店の中から流れ出てくる音楽。



――――…ん!?あれ!?



ぽつんと道の真ん中で一人で佇んだまま、わたしは固まっていた。

見覚えのない景色が、今、自分の目の前に広がっている。



――――…えぇ!?



一体どうやってどこからここにループしてきたのだろう。


もしかしてトラベル機が壊れていた!?いや、今日の検査ではちゃんと正常だという


結果も出たし、1回目のループは普通に成功した。



じゃあ何なんだ?



――――わたし…なんて入力したっけ……



トラベル機を出して画面を見てみる。

光った画面には“人間界”の文字が浮かんでいる。


「……………」


わたしはゴトッとトラベル機を取り落とした。



――――打ち間違えたんだ…



約5分前、わたしはトラベル機で指定された“隠現界(いんげんかい)”を入力し、
そこにループする予定だった。

だが、約8年もこの仕事をしてきたがいまだに機械音痴であるわたしは、“隠現界”と“人間界”の「い」と「に」を打ち間違えて全然別の場所に来てしまったのだ。



――――どういう失敗なんだろうこれ…



自分で絶望する。



しかも間違えてきた場所はよりによって人間界だ。

――――…これからどうするべきなの…これ…


元の場所にまたループすることはもうできない。


間違えたらもう終わりなのだ。大体、間違えるということがあまりない。

わたしの仕事はそういうものだ。






死んだ母から受け継いで、この仕事を始めた。


わたしはもちろん人間ではない。人間の世界には住んでいない。


わたしはまぁ言ってみれば精霊とか妖精とかいうやつに近いだろう。

人間界だけじゃない、ここにはたくさんの“せかい”がある。

そこに誰かの魂があれば、もうそこはその誰かにとっての“せかい”になるわけであって、その“せかい”の平和を保つ役目をしているのがわたしたちである。

わたしたち、といったら複数形だと気付きますか?



実際複数形なんですけど、わたしたちはそんなに多くはないのだ。

せいぜい10人から20人程度。


その少人数でこの数多の世界の平和をを担っているんだから大変だ。

わたしたちに名前はない。

名前をつけてくれる人がいない。

なぜならどんなにわたしたちが世界に貢献しようとも、誰もわたしたちに気づく者は

いないのだから。


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