Zill O'll infinite 始まりの刻@ 「イリア様は……殺させません!」 瀕死になって床へ倒れ込んだイリアの身体を抱え、アトレイアは叫んでいた。 「だっ……駄目よ、アトレイア!あなたは、下がって……!」 イリアが必死で言うが、アトレイアは構わずに、目の前の少女を傷つけた張本人を睨み付ける。 「あ〜あ。イリア、君の所為で調教は完全に失敗だよ!」 まるで玩具を取り上げられた子供の如く、つまらなさそうに言葉を放ったのはシャリ。 目の前で苦しむ少女の姿にも何一つ動じることなく、更に言葉を紡ぐ。 「ねえ、イリア。前に僕、言ったよね?彼女にはこれから暗い、絶望に満ちた世界を見せてあげるんだって」 「冗談じゃ、ないわっ……アトレイアには、指一本触れさせないっ……!」 「そんなぼろぼろな姿で何を言ってるの?」 ふふっ、と無邪気に笑うシャリ。 しかしアトレイアは、そんな少年の姿をきっ、と鋭い瞳で睨み付ける。 「これじゃあもう彼女は諦めないといけないや……。 でもまぁいっか。また新しい玩具で遊ぶことにするから」 「……っ!あんた、何をするつもりっ!?」 しかしシャリは呻くように呟いたイリアの言葉に応える事無く、無邪気な笑みを浮かべたまま、一瞬にして姿を消したのだった。 ――アトレイアを闇の王女に仕立て上げようと、幻を使って彼女の心を傷つけようとしたシャリ。 しかし、偶然アトレイアの部屋を訪れたイリアが、その幻を打ち破った。 そこでシャリの目論みを阻止出来たと思われたが、彼は更なる罠を用意していたのだった。 アトレイアの心の闇を具現化した魔物を、イリア達にけしかけたのだ。 イリアの実力なら問題なく倒せる相手の筈だった。 しかし、相手は闇と言えどもアトレイアの心の一部。 彼女を傷つけまいと本来の実力を発揮しきれずに……そしてイリアは、敗北してしまった。 そしてイリアを守る為に、勇気を振り絞ってアトレイアが叫んだのが、先程のあの言葉。 「殺させない」――彼女が初めて、誰かを守りたいと心から思った瞬間だったのかもしれない。 アトレイアに沢山の初めてをくれたイリア。 暗い暗い闇の中で、一生を過ごす筈だった、そんな彼女に光を与えてくれた人。 いつの間にか、イリアの存在は彼女の中で、心の支えとも言える程大きなものになっていた。 だから、決して失いたくはない。 例え自らの命に代えても、この方だけは決して死なせたりはしないと。 「うっ……うふふふ……。大丈夫、ですか……イリア様……」 「アトレイアっ……ごめん、なさい……私は、あなたを、危険な目にっ……!」 「いいえ、いいえっ!貴方は何も、悪くありませんっ……!」 自分の心を傷つけない為に、そうして瀕死の重傷を負ってしまったイリア。 それなのに、自分を気遣ってくれるその姿に、思わずアトレイアは少女の身体を抱き締めていた。 「うふ、ふふふっ……私はっ、何だか混乱して、おかしくなって、しまったようです……。 だから、もう少し。もう少しだけ私の傍に居て、下さいますか……」 「アトレイア……」 色々な事がありすぎて、何だか心の中の騒めきが治まらない。身体も微かに震えていて、イリアを支える腕もかくかくと揺れている。 「イリア様、色々とごめんなさい……そして、ありがとう、ございました……! あなたがいなければ、私は……!」 そう言って、震える手でイリアの手を握り締めた。 しかし、その手の温もりはだんだんと失われてゆき、冷たくなってゆく。 「イリア様……?イリア様っ!?」 名前を何度も呼び掛けてみるが、少女の瞳は閉じられたまま、開かれようとはしない。 思わず頬に触れてみるが、驚くほどにそれは冷えきっていた。 「きゃあああぁっ!イリア様あぁっ!」 自分の腕の中で意識を失い、動かなくなった少女。 大切な人を失うかもしれない……恐慌状態に陥ったアトレイアの大きな悲鳴が、部屋の中に残響を伴い響き渡った。 [前へ][次へ] |