◇1000字短篇集◇
さよなら、と今君に
昨日の夜、亜美から葉書が来た。
亜美と離婚したのは二年前の秋の終わり、北風の冷たさが肌を刺し始めたちょうど今頃だった。
大学二年の時から交際を始め、六年後に僕達は結婚した。大学を出てからは横浜と新潟という遠距離だっけれど、周りが羨むくらい仲良くやっていた。
でも結婚生活は半年と続かなかった。
些細な喧嘩で出来た溝が埋められず、僕達は別れた。
修復の仕方がわからなかったのだ。
話合う度にすれ違うばかりで、そこで初めて僕らはお互い無理をして本音を言うのを我慢していたのだと知った。
六年も経って初めて。
離婚届にサインをした日以来亜美には会っていない。
それから二年ぶりの便りだった。
葉書は彼女の故郷、寺泊の消印だった。そして裏面には、二年前より少し痩せた亜美が赤ん坊を抱いて、知らない男と写っている写真がプリントされていた。
『再婚しました。子供も出来ました』
簡単な文が直筆で書かれていた。そして最後に小さく『ありがとう』と。
――よかったなあ。
通勤電車待ちで込み合う朝のホームの喧騒の中で、僕は昨夜の余韻を引きずっていた。 飽和しきっていたはずの思いが、沸点を越えたように急に込み上げた。
紙切れ一枚で僕達の長い時間は終わってしまった。別れの挨拶すら出来ずに。
気がかりだった。悔やんでいた。
だから彼女が幸せになるまで恋人は作らないと僕は決めていた。
亜美がくれた小さな「ありがとう」からは色々な思いが溢れている気がした。
彼女もまた僕と同じような気持ちだったのだろうか。
朝日を浴びながら電車がホームに滑り込んでくる。その轟音に紛れて僕は呟いた。
“おめでとう。ありがとう……そしてさよなら”
僕達が確かに笑い合っていた日々へ。
震えかけた唇を引き結んで、人波と一緒に、
僕は今日へと歩き出す。
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