◇1000字短篇集◇ 「波打ち際の悲劇」 ちくしょう、なんなんだよこの冷たいやつ! かかってくると思ったら、すぐ逃げちまう。オレは戦う準備は出来てるのに。おっ、また来やがった。……おい待て。だからなんで逃げるんだよ! 「チロー、危ないよ。波にさらわれちゃうわよ」 後ろでみどりちゃんの声がする。丸太に座ってオレを見てる。たけしと一緒に。 たけし、憎きたけし。 オレはお前を許さない。 コイツは二週間前突然現われた。そしてみどりちゃんの右側に居座るようになった。 それまで右も左もオレの場所だったのに。 「マメ柴ってかわいいね。小さいのに水、怖がらないんだ」 オレを見てたけしが笑った。 それは……嘲笑か?馬鹿にしてるのか?おい、それ以上みどりちゃんにくっつくな! オレは威嚇の一声をやつに向けて発した。そして再び目の前の敵に向う。 なんだよ、この海ってやつは。そこらの水たまりよりはるかにでかい。 近づくと襲い掛かってきて、オレを濡らして逃げる。やめろと言ったのに、何度も。 この妙な化け物の中で人間たちはきゃーきゃー言って騒いでる。捕まったか……ばかめ。オレはああはならない。この勝負、受けて立とうじゃないか。 オレは強くなりたい。たけしからみどりちゃんを奪い返すためにも、早く一人前になりたいんだ。 お湯でふやかさなくてもドッグフードが食べられる大人に。「お手」や「おかわり」を間違えない大人に! 今はまだ噛み付くには歯がないし、ひっかく爪も短い。でも肉球は丈夫だ。鍛えればたけしくらい殴れる。 よし、いける。断然やる気出てきた。 体は小さいけど、心意気はでかいんだ。見ててくれ、みどりちゃん! 「あっ、チロ!」 オレは敵に向って走りだした。 ざばーん。 ――その後のことはよく覚えていない。 [前へ][次へ] [戻る] |