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◇1000字短篇集◇
「夕立」
「何怒ってるの?」  

 幼なじみの無神経な問い掛けに、沙雪は何も言わず、ばくりと一口棒つきのソーダアイスをかじった。
──悔しい。この間まで勝ってたのに。

神社の本堂の裏の柱にこっそりつけた背比べの傷はずいぶんな数になっていた。けれどこの中二の夏休みまで、賢太に抜かされたことは一度もなかった。

「先月の身体検査から、また伸びてたなあ。毎日牛乳飲むようにしたからだよ」

本堂の階段に隣り合わせで座る賢太がうれしそうな声で言った。スカートから覗く沙雪の腿に、アイスの水滴がぽたりと落ちた。

蝉の声が煩い。

境内に生い茂る樫の木立から降り注ぐ大合唱は、人の迷惑も知らず盛り上がっていく。汗ばんだ手で沙雪は水滴を拭った。

──かわいい賢太。女の子みたいに華奢で泣き虫で、いつも私の後を付いてきたのに。どうしてそのままでいてくれないの?

「夕立かなあ」

空を見上げて、賢太が呟いた。青空をコマ送りのように灰色の雲が横切って行く。どこからから遠雷が聞こえた。

「ねえ、カケを覚えてる?」

 アイスの棒を投げ捨てて沙雪は立ち上がった。

「私帰る」

「どうしたの?おい、ゴミ捨てるなよ」

立ち上がりかけた賢太を無視して沙雪は歩きだした。
「おい、さゆってば」

「なによっ!」

足を止めて沙雪は勢いよく振り返った。アイスの棒を二本持って、賢太が真っすぐ沙雪を見つめていた。
 
生温かい風が境内を吹き抜ける。雷鳴がさっきより近くで聞こえた。

「約束、覚えてないの?俺がさゆの背を越えたら」
「知らないよ!」

「一緒に花火大会見にいこうって」

「知らない、言ってない!私花火嫌いだもん」

心臓がドクドクと早打っている。

「言ったよ。だから約束したんじゃん」

「言ってないもん!それにそんなのやだ!」

「なんで?」

近づいて来る賢太との距離が縮まっていく。なんだか急に賢太が怖くなった。

「何でもだよっ!ちょっとくらい大きくなったからって偉そうにしないで!絶対行かないから!」

ありったけの声で叫ぶと、沙雪は石段を駈け降り道路に飛び出した。一直線に家の方角へと走り出す。

四方からゴロゴロと低い雷声が追い掛けてくる。いつの間にか空は黒い雲で塞がれてしまっていた。

早く家に帰りたかった。
もつれそうな足で沙雪は必死で走り続けた。

今夕立に降られたら、一緒に泣いてしまいそうだった。

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あきゅろす。
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