06
「──…愛していたんだ」
優の唇から漏れた言葉に誰もが彼女を見た。
「…そうだ、愛していたんだ。どれだけ蔑まれようが否定されようが“女神”は人を愛していた。だって彼らは女神が創ったものだから。女神の“世界”だったから」
言葉がどんどん洪水のように溢れてきて、優の唇が勝手に言葉を紡いでいく。
「これは女神の世界だけど女神の物じゃない。女神はあくまで創造者。それ以上でもそれ以下でもない。女神は世界を創ってその行く末を案じた。ただそれだけなの」
「きゃははっ!一体どーしたの、女神様!?どーして他人がやったように言うの!?責任逃れ!?」
「違う」
嘲笑うルカに優は即答した。
「あたしだって…まだ分からない事がある」
ぎゅっと拳を握り、優は戦慄くように声を絞り出した。
「世界が続いていく上できっと女神なんて必要なかったんだ。世界を創って、そして世界がずっと移り変わっていく様を見守っていればよかったんだ。なのに──」
「──あなたは干渉してしまったんですよね?」
唐突に響いた、第三者の声。
その声色に優の表情が凍りつく。優だけではない、シンもだ。
柔らかな、それでも凛とした響きのその声を優は知っている。
(まさか……)
恐る恐る声のした方に視線を移す。朝靄の中にじわりと黒色が染み渡り、翻った黒衣に浚われるように靄が霧散していく。現れた一人の青年に優は血の気が引いていくのを感じた。
「イザヤ…───!」
神器を掴む手に力がこもる。イザヤはふわりと微笑んだ。
「お久し振りですね、女神。体の調子はもうよろしいのですか?」
「……」
優は何も答えない。答えられない。
「ちょっと、ちょっとー。どーしてイザヤがここにいんのー?合衆国の捜索はあたしの管轄だったじゃん」
「おや、ルカはご存知なかったのですか?今始祖の殆どが合衆国に滞在してるんですよ」
「はあっ?ちょっと、マジで知らないんだけど!」
不満げに頬を膨らませたルカに笑い、イザヤは優達に向き直った。
「ですが女神。何一つとして気に病む事はありません。この世界はあなたが創造したものとは思えぬ程馬鹿げた世界になってしまった。その方向に転がったのはあなたが干渉したからではない、必要以上の思考回路を持った人類が愚かだったからですよ」
「まぁ…随分な事おっしゃりますのね」
「全て事実でしょう?」
不快気に目を眇めたアナスタシアにも、イザヤは薄く微笑んだ。
「女神を殺めてしまったあの瞬間からこの世界は終わってしまった。愚かな生命体だ、全て自分達の首を絞める結果となってしまっている事に、あなた方人間は気付きもせずのうのうと生きている」
「終わってないネ!まだあるヨ!うちら、実際この世界に生きてるもん!」
「きゃははっ!あんたって、超馬鹿!」
耳障りなルカの笑い声が響く。
「人間っていっつもそう!自分達に都合のいい事しか言わないんだから!」
「今までの歴史を振り返ってみては如何です?創世記、旧世紀、そして新世紀──どの歴史を見ても人間の歴史は悪に満ちている。こんな歴史の世界など要らない、必要ない。一度壊す必要があるのです」
「……」
優は無言のまま、ただイザヤを睨み付けている。
「まぁ、一理あるよな」
やがて、この場に似合わぬ暢気な声と共にエドガーは煙草を取り出した。
「結局俺達人間ってのは己の欲を満たす事しか考えてねぇ」
だけど、と続けて、指で挟んだ煙草を弄びながらエドガーはイザヤを見据えた。
「だからって世界を一度壊すってのは突飛過ぎるぜ?すぐ切り捨てるって考えは俺は同意できねぇな。失敗から成功が生まれる事だってあんだ。これ科学の常識」
「…ねぇ、ちょっとイザヤぁ」
ルカはエドガーを指差す。その眉はあからさまに顰められている。
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