08
「シンが何だろうと関係無いの。私はシンを愛してるから。ねぇシン、女神様なんか放っておいて一緒になりましょう?」
「…女神と共に在るのが、異端審問である俺の役目だ」
「…相変わらず真面目なのね」
イヴは口元を綻ばせた。
「けど、元来女神と共に在らなければならないのは私達始祖の方だわ。そう思わなくて?」
「……始祖って一体何?」
自問するように呟いた優にイヴは目を瞠らせた。
「まぁ、女神様。そんな事も忘れてしまったの?始祖はね、創世記の折に女神と共にあった者の呼称よ」
「違う、あたしが訊いてるのはそんな事じゃない!あんた達は何の目的があって女神を捜してるの!」
何故かその質問にイヴはすぐ答えなかった。
「私は知らないわ」
ややあって発せられた思いがけない言葉に、誰もがイヴを見た。
イヴの碧眼は揺れない。それは彼女の言葉に微塵も嘘が含まれていない事を物語っていた。
「目的なんて私は知らない。そうね、イザヤはきっと全て知っているわ。だけど私は何も知らない。私が知っているのは、私が始祖イヴと言う事だけ。それ以外は何も知らない──いいえ、知る必要がないの。“イヴ”が言うのよ、『女神を捜せ』とね。私はただそれに突き動かされてるだけ」
「……」
「女神を捜す──それが“始祖イヴ”の使命よ」
「成る程ねぇ、プログラムされた機械と同じだな」
揶揄を込めて言い放ったエドガーの横で、シンは言葉を失っていた。彼の見開かれた碧眼はイヴの姿を映している。
「…じゃあ、あんたは一体──」
体温が急速に冷えていく。
──目の前にいるこの女は、一体誰だ?──
「イヴよ」
透き通るような声が響く。
「私はイヴ。イヴでしょう、シン?」
言葉を失っているシンに、そう言ってイヴは嫣然と微笑んだ。
「…だったら、始祖って人じゃないアルか?」
「それは語弊があってよ、リ・メイファ」
気分を害した風もなくイヴは続けた。
「私達は人間よ?あなた達と同じ人間。ずっと私達は人間なのよ?」
その時、どこからかともなく電子音が聞こえてきてイヴは「ごめんなさいね」と一言詫びると携帯を取り出した。彼女は暫く会話を続けたかと思うと、通話を切って婉然と微笑みかけた。
「招集かかったみたいだわ。女神様、また後日伺うけどよろしくて?」
「二度と来ないで」
「まぁ、つれないのね」
何が可笑しいのかイヴはくすくすと笑い、そしてシンに向かって柔らかく微笑みかけた。
「またね、シン。今度あったら、いっぱいお話しましょう?」
「…」
黙ったままのシンに意に介さず、イヴの体は光の粒子に包まれて消えていき、後には変わらずの静けさだけが残った。
◇◇◇
「…あー畜生、車直るといいんだけどなぁー」
エドガーがぶつぶつと文句を言いながらボンネットを覗き込んでいるのを、優は木に背を預けてぼんやりと眺めていた。
イヴと別れてから既に2時間は経過しているが、今のところエドガーの愛車が動く兆しはないらしい。シンはメイファと共に近隣の町に食糧を買いに行き、万が一の場合にシンとの連絡係のために優はアナスタシアと留守番をしていた。
「分からない事だらけですわね」
優と同じように背を預けて呟いたアナスタシアの言葉に、優はぼんやりと頷いた。
「…神器を持ってたらその人は始祖って事になるのかな」
アナスタシアは不思議そうに優を見た。
「始祖ってのは創世記より女神と共に在った存在の事でしょ?イザヤやイヴの話もそうだし、聖書にだって始祖は『皆が神器を所持し、女神と共に世界の行く末を案じた』って書いてある。その話で行くと、だったら──」
「…シンの事?」
優は頷いた。不安の滲んだその横顔に、アナスタシアはよしよしとその頭を撫でた。優は驚く。
「ア、アナスタシア!?」
「ふふっ、優は優しいのね」
アナスタシアは笑う。
「大丈夫。シンは始祖じゃありません。彼がそれらしい素振りを見せた事ないでしょう?」
「でも、シンは女神を愛してるよ?」
「それは彼が異端審問官だからでしょう?彼が女神を愛する姿勢と始祖が女神を求める姿勢は根本的に何かが違いますわ」
「…そうなのかな」
「そうですわ。愛という感情で全てを一緒くたにするのは安易過ぎますわよ」
「愛かぁ…」
どこかむず痒いその響きに優は頬を掻いた。そのむず痒さを誤魔化すように優は会話を続けた。
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