02
この女性が条約締結の件に何の関わりがあるのか──不審感を露にしているシンにニコライは口を開いた。
「異端審問官殿。彼女は『鋼鉄の処女』の団長を務めている」
「!『鋼鉄の処女』の…──」
思いがけずシンは目を瞠らせた。
ロシア帝国軍──その中でも『鋼鉄の処女』と呼ばれている部隊の存在をシンは噂に聞いていた。
『鋼鉄の処女』という名の通り、それは女性だけで形成されている師団である。
男に比べどうにも非力と思われがちであるが、この師団は他のどの団にも引けを取らない実力を誇っているそうなのだ。
驚いたシンにアナスタシアは嬉しそうに笑った。
彼女が動く度、片耳に付けられた真っ赤なイヤリングが音を立てる。
「ご存知ですの?光栄ですわ」
「噂に聞いておりました。あなたが…」
シンは仮面の奥の瞳を眇める。
仕草と言い話し方と言い、あまりに淑やかなその様子はとても一師団の団長とは思えない。
そんなシンの心情など露知らず、アナスタシアは小首を傾げた。
「どうかしまして?異端審問官殿」
「あ──…いえ、なんでもございません」
シンはニコライに視線を移し、ずっと気になっていた事を尋ねた。
「されど皇帝陛下。この女性が此度の条約締結と何の関わりがあるのかと」
「ああ、その事なのだがな。我がロシア帝国は、お前達と条約を締結させるのは先送りにする結論を出した」
「…先送り?」
思わず眉を顰めたシンだったが、ニコライは意に介した風もなく頷いた。
「ああ、先送りだ」
「私の方から説明致しましょう」
説明役を買ってでたのはアナスタシアだった。
「先の『民族浄化』の決議から袂をわかって以来、我がロシアは西欧諸国の実情を一切知る術を失いました。そこで此度私が使者として西欧諸国に赴き、そこで私の目を通して条約を締結させるか否かを判断させて頂きますわ」
よろしくて?と続けて、両手を合わせて首を傾げたアナスタシアの発言にシンは目を瞬かす。
「あなたが、来られるのか…?」
「?…まあっ、私では不安だと仰りますの?私これでも槍術には自信がありますわ」
「いや、そういうんじゃなくて──」
「「もしかして気遣って下さいますの?心配はご無用ですわ。もう団員には事情の説明はしております。後は異端審問官殿さえよければ、今すぐにでもロシアを発てますわ」
「そう、ですか…」
「どうやら話はついたようだな」
玉座に腰掛けたまま、ニコライは満足げな微笑みを浮かべた。
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