06(終)
当然枢機卿はこれに飛びつき、そしてクレール旗下より司祭の任に就いているシンが派遣された。
和平協定、と言ってもあくまでそれは名目上だ。
枢機卿はロシア帝国の動向を探りやすい状態にしたいだけの事。
確かに、探るのにこれ以上最良の策はないとシンは思えた。
それを目の前の皇帝は深く理解しているのだろう。
帝国を統治する者として、これくらいの事は理解出来ていないと国は瓦解する。
だからこそこのように答えに渋っているのだ。
先の皇帝の行いにより、現皇帝がこのように頭を抱える姿にシンは気の毒に感じていた。
(まあ尻拭いくらい覚悟の上だろうしな)
薔薇十字団の危惧するように、ロシアが本当に科学技術推進国との密通を行っているのだとしたら──それは異端審問官であるシンにとって看過出来る事柄ではない。
だが、もしこれが単なる枢機卿の深読みの結果だったら、それは気の毒な話なのだが、そんな事を考えても不毛だとシンは割り切る事にした。
「皇帝陛下。お心の内をお聞かせ願いとう存じます」
「私の心の内か…」
ニコライは深い溜め息を落とした。
「ならば正直に言おう。私はやはりお前達薔薇十字団……西欧諸国を信用できぬ」
シンを取り巻く空気が変わった事を悟り、側近達は鯉口を切ったが、ニコライはそれを無言で制す。
「私は今でも『民族浄化』の事を考えている。あの時の西欧諸国の判断は本当に正しかったのか否かをな」
「恐れながら皇帝陛下。それは判断を下した我ら薔薇十字団に対する侮辱となりえます」
「それを覚悟で申しておるのだ」
ニコライは再び溜め息をついた。
「『民族浄化』の波から逃れようと我がロシアにも数百もの亡命者が訪れた。暴動や戦闘が起きた地域もある。あの政策で西欧諸国は何を得た?それを是非聞かせてほしい」
「科学技術を推進する者の末路を世界に知らしめる事が出来ました」
「それは恐怖で人民を縛りつけただけの事ではなかろうか」
「我々西欧諸国の信条からしてそれは有り得ません。科学技術こそが恐怖の体現です」
「それでも一度は科学技術を使用した種族。この惑星に我々人類が存在する限り、誰もが同じ穴の狢だ」
シンは言い返さず、ただ不快そうに皇帝の姿を見た。
「……とにかく」
そう言ってニコライはシンを見た。
「これは安易に答えを出すわけにはいかぬ事項だ。諸大臣との会議で我々の方針を決めさせてもらおう。数日を要するやも知れぬ故、宮殿の中に其方の部屋を設けさせよう。構わぬか?」
「…承知致しました」
不承不承な様子をおくびにも出さず、シンは深々と一礼した。
ニコライは手をぱんぱんと打ち、現れた一人の軍人に促され、シンは踵を返すと謁見の間から退出していった。
巨大な扉が閉まったのを確認し、ニコライは大きく肩で息をついた。
「皇帝陛下」
側近が口を開く。
「始末致しましょうか」
「…いや、それはいかん。無益な殺生はご法度、そんな事をしては我々も西欧諸国と同罪だ。──…致し方ない」
ニコライは頭を抱え溜め息を落とすと、側近に向かって声を張った。
「『鋼鉄の処女』は──アナスタシア・ケレンスカヤは今何処にいる」
「サンクトペテルブルクにて軍事演習を行っております」
「大至急帰還してくる旨伝えてくれぬか」
「はっ」
敬礼と共に側近は踵を返して退出していき、それを見届けてニコライは再び深い溜め息を落とした。
「…どうしたものかな」
to be continued...
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