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◇◇◇


「お初にお目にかかります、ロシア皇帝ニコライ五世。薔薇十字団預言者クレール旗下所属にて司祭を務めております、シンと申します」


荘厳華麗なモスクワ宮殿。

その中でも一際荘厳な玉座の間で、シンは金縁の真っ赤な絨毯の上で跪き、つるつるとした埃一つ落ちていない床より更に一段高いところの玉座に腰掛けている、金モールの軍服に身を包んだ初老の男にそう声を張った。


「遠路遥々ようこそ。異端審問官殿」


頭を上げるよう指示され、シンはゆっくりと立ち上がった。
そうする事で皇帝の姿を拝見する事が出来る。

ロシア帝国皇帝ニコライは、随分と老成しているように思えるが身体的に衰えた兆しは見せない。
精悍ともいえる顔には、黒々とした髪と同色の顎鬚をたたえ、皺を深く刻ませて微笑む姿には慈愛と底知れぬカリスマ性を感じさせた。

皇帝の名に恥じぬその貫禄溢れる姿にシンは畏敬の念を覚えた。
これが持って生まれた気品というものなのかもしれない。


「そのように緊張せずともよい」


そう言ってニコライは笑ったが、その横で佇んでいる側近達は厳しい眼差しでシンを見据え、笑う事は決してなかった。


「長旅でさぞ疲れただろう。一日程であったら休息を与えたのだが…本当に構わぬのか?」

「お心遣い感謝致します。ですが、誠に勝手ながらこちら側としても早急に返事を頂きとう存じますので」

「返事、か…」


ニコライは玉座に深くもたれかかって溜め息をついた。

シンが枢機卿──クレールより言い渡された任務は、ロシア帝国と薔薇十字団との間で平和協定を結ぶ事であった。

平和協定、と言ってもロシアと西欧諸国は戦争をした事など新世紀が始まって一度もない。
クレールは今後の事を想定してこの条約を締結させたいと言っていたが、真意は他にあるとシンは読んでいた。

過去の「民族浄化」の法案可決の是非の際、西欧諸国の間で開かれた国際会議でロシア帝国だけは最後まで賛同の意を示さなかった。
──その後、多数決によって結果的に「民族浄化」は可決され、ロシア帝国は西欧諸国という輪の中から外れる事になってしまったのだが。

それより今日までの数年間、ロシア帝国は西欧諸国との一切の国交を断絶していた。

その事より、薔薇十字団は帝国が科学技術推進国との密通に及ぶ事を恐れた。

ロシアは飛び抜けた軍事力を誇る大帝国である。
下手をすれば魔法の最先端を誇るフランスにも匹敵し、そこにもし科学技術の力が加われば──その想像は枢機卿を青くした。

枢機卿は密かに数年前からロシア帝国に使者を遣わし、だがその度に門前払いを喰らってきたが、先の皇帝が逝去して以来ロシア側の屈強な態度は徐々に崩れ始め、そしてついに、薔薇十字団より正式に使者を遣わしてほしいとの要請が来たのだ。


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