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08(終)




◇◇◇



角を曲がり、優は図書館に向かって走っていた。

脇目も振らずに駆け抜ける。
それゆえに、角を曲がった瞬間向こうから人が来ていた事に気付かなかった。
そして、あっと思った時には避けきれる事が出来ない距離であった。


「きゃっ!」


反射的に体を捻り、肩がぶつかっただけですんだものの、体勢を崩した優の体は前に傾く。
だがそれは、すぐに一本の腕によって支えられた。


「大丈夫ですか?」

「…だ、大丈夫です。ありが──」


礼を述べようと顔を上げた優の言葉は、それ以上続かなかった。

仮面は装着していないものの異端審問官の制服に身を包み、細い金糸の髪は照明を受けて輝いている。
そのさっきまで一緒にいた筈の人物そのままの容姿に優はぎょっとした。


「…え…シ、シン!?」


なんでもうここに、と声を上げかけ、だが優は咄嗟にそれは間違いだと事に気付いた。
まだ出会って間もないが、自分の記憶の中でシンはこんなに穏やかな声と表情はしていない。

人違い──そう認識した瞬間、優は一気に顔を赤くした。


「ご…ごめんなさい!さっき似た人と一緒だったから…!お怪我はありませんか!?」

慌てて身を離そうとしたが、彼が腕に力を込めていたのでそれは叶わなかった。


「…あ、あの……」


顔を上げた優は息を詰まらせる。
一瞬であったが、青年の碧眼の色が変わったのを確かに見たのだ。

体を強張らせた優を支えている腕から感じ取ったのか、青年はゆっくりと腕を解いた。


「お気を付けて下さい。あまり急がれると転びますよ」


微笑んだその顔は先程の瞳が幻であったかのような錯覚を感じさせる。

それ以前にやはりシンでは無い。
同じ金髪だがシンに比べて前髪は長いし、穏やかな声色も丁寧な口調もどれを取ってもシンとは別物だ。

アジアンにとって西欧人は皆同じ顔に見えると言うのは本当だったらしい。
様々な謝罪を込めて優は頭を下げた。


「……すみません」

「いえ。──アジアンですね」

「!」


色を失った優に気付いたのか、青年は慌てて首を横に振った。


「ああ、勘違いしないで下さい。珍しいと思っただけですので。観光でいらしたんですか?」

「…まあそんな感じ……ですね」

「どうぞ楽しんで下さい。時勢が時勢ですのでアジアンに対する目は厳しいかもしれませんが、どうか気分を害さないで下さい…と言うのは無理かもしれませんね、すみません」


頭を下げた青年はその外見に反してどこか幼さを感じさせ、優は小さく笑った。


「ありがとうございます。それじゃ、失礼しますね」


頭を下げ、優はそのまま走り去っていった。

そんな彼女を追い掛けるようにして、一瞬遅れてメイファが青年の脇を駆け抜けていったが、青年はずっと見えなくなった優の後ろ姿をただ見つめていた。

うっすらとその口元に笑みが広がる。



「──…やっと…」



悦びの含まれたその声は、誰にも聞こえる事なく廊下に吸い込まれていった。







to be continued...

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