13 遠慮がちに扉が開き、そこから入ってきたのは予想外の人物だった。 「アナスタシア…?」 「…シン。ちょっとよろしいかしら?」 神妙な面持ちのアナスタシアにシンに緊張が走る。 「…どうした?」 「……」 ソファに向かい合って座り、ぎゅっと膝の上で組んだ腕を握り、アナスタシアは重い口を開いた。 「優が、昨日帰国しました」 その言葉にシンは目を瞠らせた。さあっと、一気に血の気が引いていく。 「…帰国……?」 無理矢理喉に空気を通して発したその声は、不自然に掠れていた。異常に脈打つ心臓の音が、耳のすぐ側で喧しく鳴っている。 「な…んだよ、それ──!あいつ何で…!」 激昂したシンとは裏腹、顔を上げたアナスタシアは縋るようにシンを見つめた。 「シン。お願いです。優を追い掛けて下さい。このまま勘違いしたままだと、あの子があまりに不憫すぎます。だから──」 「くそ…っ!!」 勢いよく立ち上がり、シンはパスポートを引っ掴むと踵を返して廊下へ飛び出した。喫煙所で煙草を吸っていたエドガーが、駆けてきたシンの様子に意味ありげな笑顔を浮かべる。 「ほら、な。言った通りだろ」 「──てめぇ!!」 がっと、激しくエドガーは胸倉を掴まれる。 「あんた、ずっと知ってたんだな!?ふざけんな、どうして俺に言わなかった!」 壁に押さえ付けられようとも、シンを見下ろすエドガーの瞳は変わらない。 「落ち着きな。ガキ」 ふーっと、牽制するように紫煙を吐き出され、シンは激しくむせた。短くなった煙草を灰皿に押し付けつつエドガーは口を開いた。 「俺だって知ったのは飛行機の最終便が出た後だ。その直後に言ったところで何が出来る?ただ歯痒い思いをしながら待つだけだろ」 的を射た発言にシンは奥歯を噛み締めた。 「行くなら早くしな。それと、ジャパンじゃせめて黒衣は脱いでいた方がいいと思うぞ」 「…うるせぇ!分かってる!」 殴り付けるように胸倉を離し、シンは脇目も振らずに駆けていった。 慌しい喧騒が収まった喫煙所で、エドガーは一人暢気に煙草を吸い続けていたが、こつりと近付いてきた足音に、視線を向ける事なく口を開いた。 「これで良かったか?」 「ええ。…有り難う御座います」 現れたアナスタシアは、エドガーの隣で壁に背を預けた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |