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07



「おいおい…せめて玄関の鍵くらいかけておけよ…」


背もたれからその様を覗き込みながらエドガーは苦笑する。すると、気配に気付いたのか、リネットは身じろぎをし、ぼんやりとその瞳を覗かせた。


「…エドガ……?」


寝起き故に舌ったらずな声が甘く鼓膜を打つ。エドガーは笑顔を浮かべた。


「ただいま。リネット」


その言葉に、みるみるうちにリネットの目に涙が浮かんでいく。ぎゅっと首にリネットの腕が回され、エドガーの体はソファに引き寄せられた。


「はは。熱烈な歓迎だな、嬉しいよリネット」

「…エドガー…」


ぎゅっと更に力が込められ、更に前のめりになるエドガー。


「──…お願い…一人にしないで…」


哀願に満ちた声色は直にエドガーの鼓膜に注がれ、エドガーの動きを止めた。小刻みに震えるリネットの細い腕。その只ならぬ様子にエドガーは眉を顰めた。


「もう誰も…いなくなってほしくないの…。エドガー…──」


最後の方は涙に呑まれて消えていった。

突然の妻の悲哀にもエドガーは一切動じる事は無かった。

よくある事──と言っても、半年に1、2回程度なのだが、リネットは時折こうして情緒が不安定になる事があった。

それは、エドガーが職場に泊まりがけの時や、長期出張の時に決まっておきた。
そして、今回の長期不在は、リネットを不安定にさせるのに充分過ぎる程の時間だったのだ。


「…ごめんな、リネット」


涙に濡れる頬に軽く口付けを送り、その体を抱き締める。


昔はこうではなかった。


ロックウェル夫妻を変えてしまったのは一件の忌まわしい事故。
平穏も幸せも、全てを根こそぎ奪っていったあの事故から、夫婦の間にはいつも陰が纏わりついた。


(アリス……)


リネットは恐れているのだ。これ以上、家族がいなくなる事を。
そしてエドガー自身も。


(弱いな…俺達、本当に弱い…)


ぎゅっと抱き締める腕を強めると、応えるようにリネットも強く腕を絡めてきた。

こうして、お互いを慰め合う事しか出来ない自分達がひどく滑稽で、どうしようもなく虚しかった。



◇◇◇



やがて落ち着いたリネットに事情を説明し、エドガーはやっとメイファをリビングに招き入れる事が出来た。


「アップルパイ!」


リビングに通されるや否や、挨拶もそこそこにメイファは瞳を輝かせて叫び、それがリネットの笑いを誘った。


「メイファちゃん、好きなのアップルパイ?」

「リネットさんのアップルパイが大好きアルー!」

「嬉しいな。だったらメイファちゃんにいっぱいあげるね」

「やったネ!」

「良かったなぁ、メイファ」


エドガーに頭を撫でられ、メイファは「へへっ」と嬉しそうに笑う。そのままエドガーは白衣を再び着込むと、車の鍵を回しながら玄関に向かっていった。


「エドガー?」


不思議そうなリネットの声に、エドガーは廊下の中ほどで振り返った。


「ちょっと煙草買いに行ってくるわ。リネット、メイファ。何かいるものあるか?」

「お菓子ー!」

「了解。リネットは?」

「私はなにも無いわ。エドガー、アップルパイ冷めちゃうから早く帰ってきてね」

「おう。すぐ帰ってくるわ」


手をひらひらさせながら、エドガーは外に出ていき愛車を走らせた。商店街の方ではなく街の郊外に向かって。


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