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08


その際に紅茶が引っくり返り、テーブルをしとどに濡らしたが今のアナスタシアにそれを気にする余裕など無い。

抑えきれぬ怒りの表情で振り返り、アナスタシアは元凶の少女に声を張った。


「メイファ!あなた、優があそこにいる事を知ってて──!」


激しく詰め寄られ、びくり、と少女の肩が跳ねる。


「………、だって……──」


か細い声で呟き、メイファはじっと俯いた。震えている──肩も、声も。


「嫌い…嫌いアル!異端審問官も、薔薇十字団も、西欧もやっぱり嫌いアル!」


火がついたように叫び、その声はすぐに木枯らしの如く高く掠れた啜り泣きに変わった。髪の毛に爪を立てるようにして両腕で顔を覆い隠し、メイファは泣いている。


「…一緒にいたくないアル!ずっと我慢してたけどもう無理ヨ…っ!」

「メイ──!」

「大嫌いヨ、異端審問官なんか!どうせアナスタシアには分からないアル!うちらがどれだけ酷い目見たか、どうせアナスタシアには──!」

「…っ分かりますわ!私だって──!」


叫び、アナスタシアは強く唇を噛み締めた。

「民族浄化」で失ったものは大きい。

あの時味わった怒りも悲しみも絶望も、ずっと胸の奥で燻っている。


「…私、だって……っ」


「民族浄化」は自分から一番大切なものを奪っていった。

指先から力が抜ける。嫌でも熱を持ってくる目尻に、アナスタシアは溢れる感情を堪えるように指先に力を込めた。


「……アナスタシア…?」


肩に込められた力に泣き腫らしたメイファの瞳が上げられるが、アナスタシアはそんな少女の表情を見る事は出来なかった。


──顔を上げれば、目尻から熱いものが伝っているのを見られてしまうから。



◇◇◇



「おい、優!」


廊下の中ほどでシンは優の腕を捕える事が出来た。歴然としている運動能力の差を考えると当然である。

手首を掴んだまま、シンは弾む息を整えていた。優は決してこちらを振り返ろうとしないし、決して掴まれた手を振り解こうともしなかった。


「………」


続く無言の攻防。優の表情は髪で隠れて伺えず、シンは粗方息が整ってきたのを確認すると、戦慄くように息をついた。


「優。あのな、俺…──」

「いいよ無理しなくて」


突き放すような調子にシンの声は喉の奥に引っ込む。
優は、決してシンを振り返ろうとしなかった。


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あきゅろす。
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