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06


湯気の立つ褐色の液体が揺れ、その面に写し出された己を見つめ、シンは小さく肩で息をついた。

その前方では、未だクッションを抱えたままのメイファが、何か言いたげにシンをずっと見つめている。その視線にシンは気付いていたが何も言わない。彼女の視線の真意も汲んでいたが、シンは無言を徹底した。


「シンは優に何か用でもありましたの?」


空になった陶器に給仕を終え、アナスタシアは首を傾げる。


「まあ、ちょっと…」


口ごもったシンに、アナスタシアは満足そうに微笑んだ。


「何か掴みましたのね」

「…そうなるんだろうか」

「なりますわ。そして変わります」


アナスタシアは断言した。


「その事を優に言ったら、必ず」

「…でも、俺もまだよく分からないんだ」


陶器の中でゆらゆらと揺れる液体を眺めながら、シンは呟いた。


「あいつは女神だよ。でも、女神なんかじゃない」

「ええ」

「…偶像崇拝だなんて最初から思ってなかった。女神は確かに存在している──教団でもそれはずっと事実として伝えられてきたし、俺もそう説いてきた」

「でも、実際に見た事なんてなかった」


機先を制した彼女の言葉にシンはおもむろに頷いた。


「そうだ、誰も見た事が無かった。だから、神聖視されていたんだ」

「シンは、優が女神だと言う事を気付きたくなかったんですの?」

「出来る事なら気付きたくなかった。気付く事で“優”と“女神”を混同してしまったんだ。それで結果がこのザマだ」

「……」


淀みなく語るシンの前方で、ずっとクッションを抱き締めたままメイファはじっと黙りこくっている。


「そういう意味じゃ…気付きたくなかった。優にも、出会わない方がよかったんだ」

「シン…」

「気付いたから、分からなくなった。目の前にいる女が何なのか分からなくなって、混乱して…俺が守りたいのは“優”なのか“女神”なのか分からなくなって、俺の感情逐一、全て女神を想っての事だって自分で勝手に決め付けて──たくさん傷付けた。優に出会わなかったら、優が女神だって事も気付かなかったし、きっと…イザヤもあんな凶行に出なかった」


シンの紡ぐ言葉を聞きながら、アナスタシアは紅茶に口付け、一口だけ嚥下した。


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