08(終)
「イヴ。どうしたのです」
「立ち寄ったついで」
簡潔にそう言い、イヴはクレールに目を向ける事なくその横を素通りし、イザヤの隣で立ち止まった。
「まだのようね」
「恐らくあと数日もしないうちに覚醒する筈だ」
「覚醒するまでの間、足止めはどうするの?」
「駒はいくらでもある。そうでしょう?」
その言葉にイヴは嫣然と微笑んだ。
「そうね。あんなのでも足止めにはなるわ」
言って、イヴは傍らの機械に目を移した。
「同調率は…なかなか高いのね」
「同調率は高くともそれが意識に繋がるかは別問題だ」
「こればかりは神のみぞ知る…と言う事かしら」
何が可笑しいのかイヴはクスクスと笑い、イザヤも笑みを深めた。
「ええ、おっしゃる通り」
笑い声が妖しく響く。その何ともいえぬ空間の中でクレールは微かに舌を打ち鳴らした。
「…っ化け物共が」
血を吐くが如く呟き、そのまま地上へと出ていったクレールにイヴは「あら」と呟いた。
「彼、いたのね。気付かなかったわ」
「化け物ねぇ…随分と下賎な発言だ」
「その化け物を甦らせる技術を開発したのは一体誰だったかしら?」
「大方我々が従うと思っていたのですよ。浅はかな考えだ、我らの指導者はいつでも女神ただ一人」
「だからもう一人、クレールは己のために“存在し得ない筈の始祖”を創造する事になってしまったのね」
どことなく嬉しそうに言ったイヴにイザヤは眉を顰める。それに気付いているはずなのに、イヴは何食わぬ顔でイザヤの顔を覗き込んだ。
「イザヤは、嫌?」
「…当然でしょう」
「私は別に構わなくてよ?」
「私心を挟まないでくれませんか?」
「それを言うならイザヤもだわ」
指摘され、イザヤは肩で溜め息をついたがそれもほんの一瞬の事で、彼の真っ直ぐな視線は再度カプセルに注がれた。蒼の瞳にうっすらと慕情の念が宿る。
「“人類こそ世界の不必要な存在であり、人類の創造こそが女神の唯一の過ち”──ですが、我々は決して創造神であるあなたを責めない。もう一度世界を無に帰し、もう一度今の世界を創造し直しましょう。人類さえいなければ、世界は荒れず、万物の平安は保たれる」
一言一言、はっきりと言葉を紡ぐ。
「全ての始祖が揃い次第、我々は再度あなたのもとに集結しましょう…」
見えぬ相手に膝をつき、イザヤはゆっくりと両手を合わせた。
「我が心は、女神と共に──」
祈りにも似た声は、瓦解しかけの天井に吸い込まれるようにして消えていった──。
to be continued...
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