06
「みんなもいいでしょ?メイファの言う事も一理あるし」
「私は構いませんわ」
答えたのはアナスタシアだけで、エドガーは相変わらず煙草を燻らし、シンはシンで黙ったままだったが、優は意に介さなかった。
「じゃ、列車を手配しよっか!」
駆け出した優の背中を、シンは異端審問官の証である外套を脱いであからさまに溜め息をついた。
「どう思うよ、シン」
「ヘタな嘘だ」
「お前からメイファに忠告したらどうだ?始祖と会うのは控えろって」
「馬鹿。俺が言っても無駄だ。メイファは俺の事を快く思ってねぇ」
その言葉にエドガーは意外そうに目を瞠らせた。
「そうなんか?」
「チャイナは『民族浄化』で一番被害が甚大だった国だ。異端審問官の俺といる事自体相当辛いだろうさ」
「…そりゃまた」
紫煙が風に浚われるのを見ながら、エドガーはゆっくりと口を開いた。
「『民族浄化』ねぇ…。お宅ら薔薇十字団はその『民族浄化』で一体何を得たかったんだ?」
「あんたら科学技術推進国の馬鹿げた思想を取り払うのが目的だったんだよ」
「それで取り払えたのか?」
シンはエドガーを睨み上げる。エドガーは煙草を燻らせながら澄み渡った青空を仰いでいて、二人の視線が交わる事はなかった。大気中に残留する紫煙を眺めながらエドガーは続けた。
「今の世界を見る限り、取り払えてねぇだろ?『民族浄化』以降世界情勢は何が変わった?少しでも良い方に転がったか?」
「…被害国でもねぇ他国の情勢に無関心な合衆国が説教たれんのかよ」
「おいおい、俺は訊いてるだけだろ。随分とひん曲がった性格してんな」
「黙れよ。合衆国に答える義理はねぇ」
文字通り吐き捨て、シンはエドガーを顧みる事なく、憤然と立ち去っていった。一人残されたエドガーは大して動じる事もなく、新たな煙草を取り出し、馴れた動作で火を灯す。
紫煙が微風に浚われるのを眺めながら、ぽつりと呟いた。
「ややこしいこった」
その呟きは、誰の耳にも届く事無く、大気中に残留した紫煙と共に消えていった。
◇◇◇
こぽこぽと、遠くからでも水泡の爆ぜる音が幾重にも聞こえる。
瓦解しかけの階段を降り、イザヤは人工的な明かりの灯る空間にゆっくりと降り立った。
足元に散らばったガラスの破片が、歩を進める度に更に細かく音を立てて砕け散る。最深部で立ち止まったイザヤの碧眼がゆっくりと上げられる。
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