07
◇◇◇
死者がいない事に、アナスタシアは思わず安堵の息を漏らした。
動力部に影響は無いらしく、列車はかなりゆっくりではあるが目的地目指して運行している。各車両を見て回り、アナスタシアはメイファと共に負傷者の手当てを施していた。こういう時、回復魔法を会得しておけば良かったと思ってしまうが、アナスタシアはその考えを振り払い、きゅっと包帯を巻き終えた。
「はい。もうこれで大丈夫ですわ」
「…あ、有り難うございます」
頭を下げた乗客にアナスタシアは微笑む。これで恐らく最後の筈だ。救急箱を抱えて走り回るメイファを視界に捉えつつ、もう一度ぐるりと視線を巡らした。
穴が開いた天井は今乗務員が屋根に登って板で塞いでいる。それ以外室内は大した損害を受けていない。あれだけの乱闘であったにも関わらず、被害が最小限に抑えられた事にアナスタシアは再び安堵の息を漏らした。
(それにしても…何だったのかしら)
先程のあの異形の姿が思い出され、今になって背筋が粟立った。
人の形を成しているが、決して人ではない“異形”。乗客達もその姿を網膜に焼き付けてしまったのだろう、ひしと身を寄せ合ったままの彼らの顔に血の気が戻る事はない。
「………」
「アナスタシア」
背後からの声に振り返る。
「…シン」
「道すがら後部車両も見て回ったけど、死者はいないみたいだ」
「そうですの。よかった…」
空いてあるボックス席に、二人は向かいあって座った。
「優とエドガーは…」
「知らない。ついてきてないあいつらが悪いんだ」
明らか不機嫌そうにそう告げ、シンは頬杖をついて漆黒に包まれた窓の外を見、ややあって口を開いた。
「…さっきの──」
「?」
「さっきの化け物、見たか?」
「…、…ええ」
「どう思う?」
「?」
話題の切り替えしに疑問符を浮かべるアナスタシアにシンは向き直る。アナスタシアは素直に首を横に振るしか出来なかった。
「…分かりませんわ。あんなもの見た事がありません」
「………」
「シン?」
押し黙ったままシンを覗き込む。彼は碧眼を微かに揺らしながら、ややあってゆっくりと口を開いた。
「…あいつら、消える時に───」
「『民族浄化』」
メイファの声が届く。顔を上げた先、メイファは救急箱を頭上に抱えたまま、身軽な動作で座席を飛び越えてきて、アナスタシアの隣にぽすっと降り立った。
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