02
「?何だ、ありゃ」
青空を仰いだまま不可解気なエドガーの声に優も顔を上げた。
朝焼けの眩しい空。その光以外、優の目には何も見えない。
「?なんかあんの?エドガー」
「あれだよ、あれ」
エドガーが指をさすが、相変わらず優には眩い金色しか飛び込んでこない。
シン達も二人に倣って空を見上げ、そして次の瞬間、アナスタシアはハッと息を呑んだ。
「!あれ──!」
「…っ始祖だ!!」
え、と思った瞬間、槍の形状を成した闇が轟音と共に優達の周囲に落ちてきて悲鳴が上がった。
砕けた大地から顔を庇い、優は粉塵の向こうにすたりと降り立ったシルエットを見た。
「ルカ───!!」
影はまさしくそれだった。
高めに結われたツインテールを揺らし、ルカはその幼い顔の中に何とも言えない歪んだ笑みを浮かべていた。
「こんにちわぁー女神様―」
独特の間延びした甘ったるい声と共にまるで旧友に再会したかのようにルカは嬉しげに腕を広げる。瞬時に神器を発現させた優を目の当たりにしても、ルカの瞳は動揺を映さず、寧ろその様を楽しんでいるようだった。
「またあなたですのね!一体何の用ですの!?」
「きゃははっ!そんなの決まってるじゃん!」
槍を展開させて吼えたアナスタシアにもルカは動じない。
「女神様を連れに来たんだよ!だって女神様、あたしに言ったもんね。女神様は常にあたし達始祖と共に在るって。──ね?女神様」
「……、」
「あっれー?もしかして嘘ついたのー?…言ったよねぇ、あたし容赦しないって」
ルカを取り巻く魔力の濃度が増大する。周囲に発生した闇色の旋風が、彼女の足元の大地を切り刻んでいく。
「おいおい、お嬢ちゃんちょっとは落ち着けよ」
そんな中でも至って平静なまま、エドガーは紫煙を吐き出した。
「この港は合衆国の管理下だ。合衆国の法律じゃあ公的期間の損害は理由如何なく罰せられるんだぜ?」
「はあ?この国の法律とか関係無いし」
「郷に入っては郷に従え。常識だぜ?」
「…ちょっとおっさん。ちょっとマジでうるさいんだけど」
「当たり前だ。おっさんってのは口煩いって相場が決まってんだ」
おっさん、と言う単語にも一切平静を崩さないエドガーの態度に、ルカの苛々が増していっているのは手に取るように分かった。
呑気に紫煙を吐き出したエドガーに、とうとうルカの苛々は爆発した。
「あー畜生!マジで黙れよ、おっさん!あたしはねぇ、大人の男ってのが大っ嫌い──っ、うあぁ…っ!」
苦悶の声を上げて体を折ったルカに優達は反射的に身構えた。
優達の目の前でルカはそのまま膝から崩れ落ち、荒い息を吐きながら額を押さえた。指の隙間から見える大きな紫色の瞳は苦悶に揺れ、それがゆっくりとエドガーを捉える。
突然の事態にさしものエドガーも目を白黒させている。そんな彼を睨み上げながら、ルカは喉から声を絞り出した。
「───あんた……、誰よ…──」
「…エドガー・ロックウェルだ」
律儀に答えるのもどうかと思ったが、優は警戒を解かずにルカの動向を探った。
ルカは奥歯を噛み締めて、ゆっくりと立ち上がった。額に滲んだ脂汗を無造作に拭い、幼い顔の中に嘲笑的な笑みが浮かぶ。
「…エドガー・ロックウェル?はっ…知らない、知らない知らない、あたしは知らない…」
壊れた人形のように、ルカは知らないと小さな声で繰り返す。
「あんたみたいなおっさん、あたしは知らない…」
「いやいやいや。生憎だけど俺もお嬢ちゃんみたいな子知らないぜ?」
「でも超不愉快。あんた見てると超ムカムカする。──消えろよ、おっさん!あたしの視界から今すぐなぁ!」
跳躍し、ルカは優達の頭上を飛び越えてエドガーに踊りかかった。
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