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10(終)



「創世記から旧世紀、新世紀の歴史をずっと勉強してたんだとさ。今じゃ普通の専業主婦やってるけど、卒業してからは大学で非常勤講師やってたくらいだぜ。妊娠を機に辞めたんだけどよ」

「へぇ」


エドガーの話に耳を傾けながら、ふと優の目は彼のはだけた首もとに止まった。


(……?)


ワイシャツの下から見え隠れする首もとに、真っ白な包帯が幾重にもなって巻かれている。
何気なく煙草を挟んでいる手にも目を移すと、手首にもその包帯は巻かれていた。


「ねぇ、エドガー」


気付いた時にはそう口を開いていた。


「その包帯、どうしたの?」

「んー?これか?」


エドガーは自分に見えるようにだけ腕を掲げ、そしてさっと袖を下ろした。


「まっ、大した事じゃねぇよ。ちょっとしたドジ踏んで怪我しただけだ」


そう言ってエドガーは新しい煙草に火を点けた。いつもの飄々とした物言いだったが、何となくこれ以上の詮索を拒否する色が含まれていて、優は「そっか」と言っただけでそれ以上言及しなかった。


「ぼちぼちエンジン暖まったかな。ちょっと見てくるな」


踵を返したエドガーの背中を、優はひらひらと手を振って見送った。


「車動くといいですわね」

「このままだと最悪野宿になっちゃうもんね」

「野宿の経験私ありませんわ」

「そうなの?軍隊ってそういうの普通にあるもんだと思ってた」

「『鋼鉄の処女』は他の師団と違って戦場に派遣された事はないんですの」


アナスタシアは笑った。


「設立されてまだ歴史が浅いのもあって、一度も戦争を体験した事がありませんの」

「そうなんだ」

「唯一戦争を知らない師団──『鋼鉄の処女』。その事実に加えて女ばかりの師団ですからよく言われますの、“お飾り師団”って」

「なにそれ、酷い…」


心底と言った風に呟いた優にもアナスタシアは笑っていた。


「分かっています。だから私は『鋼鉄の処女』を強化した。どの団にも引けを取らぬよう、帝国の一師団として。立派に国を守っていけるように」

「ロシアって戦争するの?」

「防衛の範囲内でですわ。国を脅かすものには交戦しますけど、自ら先陣切って戦う事はありません。皇帝陛下も誰も戦争は好きではありませんから」

「あたしも同じ。戦争なんて無い方がいいよ」


その言葉にアナスタシアは大きく頷いた。


「ええ。争いは何も生みません。ただ失うばかりですわ」


告げた言葉に込められるのは強靭な意志。ぎゅっとアナスタシアは団服の袖に爪を立てた。


「失ったものは戻ってきません。もう誰もあんな思いを味わいたくない筈ですわ」


血を吐くが如く呟かれたその言葉に、優は思わず顔を上げたが、やはり夕闇に閉ざされたこの場所ではアナスタシアの表情を伺う事は出来なかった。


「…うん」


言及する事も出来ないまま、優はただ頷く事しか出来なかった──。





to be continued...

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