09
「…アナスタシアはさ、いないの?」
「いない…とは?」
「ほらっ、そういう対象。さすがにいるでしょ、好きな人くらい」
すると、アナスタシアは眉尻を下げて笑みをこぼした。
「勿論いますわよ。とても大事な人くらい」
「どんな人?写真とかあったりする?」
興味津津な優にアナスタシアは笑うと、軍服の下から細やかな細工の施された金色のロケットペンダントを取り出した。
「この中に写真ありますわ」
「見てもいい?」
「ええ」
優は蓋を開けた。
楕円に区切られた本当に小さな額縁の中で、寄り添う二人の男女。女性はどうみてもアナスタシアであり、その横の男性に優の目は止まった。
見たところ年の頃はアナスタシアとそう変わらないだろう。アッシュブロンドの短髪の下、柔らかく細められた色素の薄い瞳が優を真っ直ぐ見つめていた。
濃緑色の軍服にはアナスタシアと同じくロシア帝国の国章が掲げられている。寄り添う二人の姿からは優にも伝わる程の愛情が溢れていて「へぇ…」と優は感嘆の息を漏らしていた。
「素敵…」
「アレクセイ・ストラーホフ。同じ帝国軍の仲間ですわ」
「この人、今すごい心配してるだろうね。無事に帰ってあげなきゃだね」
そう笑いかけてきた優にアナスタシアも微笑んだ。だがそれは、どこか悲しそうなものだった。
「…そうですわね、無事である事が一番ですわよね」
その言葉は何故か優に意味深な響きを与えた。反射的に優はアナスタシアの横顔を見ていたが、夕闇に閉ざされた空の下ではその横顔に宿る真意を読み取る事は出来なかった。
「おいおい、なんだなんだー?女の子同士でいちゃこらして」
揶揄の含まれた声に顔を上げると、懐中電灯を片手にエドガーが立っていた。灯りに照らされた彼の顔は煤に汚れ、邪魔なのか白衣は腰に巻いている。
「まぁエドガー。ここは女同士水入らずの話ですわ。男子禁制ですわよ」
「つれないねぇ。俺も混ぜてくれよ」
「修理終わったの?」
「エンジン暖めて、暫く様子見ー」
そう言って、エドガーは煙草を一本取り出すと火を灯した。紫煙が微風に浚われる。
「ねぇねぇ。エドガーはさ、どうやって奥さんと知り合ったの?」
薮から棒の質問にもエドガーは驚いた風もなく、紫煙を吐き出した。
「大学ん時の合コンだったな」
「合コ…?なんですの、それ?」
「お茶会だ、お茶会」
首を傾げたアナスタシアに端的に教え、エドガーは指に挟んだ煙草を弄んだ。
「俺の通ってた大学の連中とリネットの通ってた大学の子と数人でやったんだよ」
「奥様は何を学んでいらしたの?」
「歴史学だよ」
エドガーは続けた。
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