アレルヤ(ハレルヤ)で20のお題
20/それが幸せ4/みか
隣から小さく寝息が聞こえ、刹那は静かに身体を起こした。
「――寝たか?」
「だな。はい、ご苦労様さん。これにてミッション終了」
ロックオンは本当に眠かったのか、欠伸を噛み殺してゆっくりと身体を延ばす。
続いてティエリアも起き上がり、外していた眼鏡をかけ直した。
「幾ら不眠症とは云え、一人の人間を眠らせるのに二日間も費やす必要はあったのか?これからも紛争根絶の介入は続く。人を殺すことで体調管理も出来なくなるようでは、マイスターに相応しいとは到底思えない」
「自分が寝てないことに気付いてるのかも怪しい状態だ。二日くらい勘弁してやれよ。それに、此処へ来たのは自己責任――今日のミッションは昨日のオプションで、強制じゃないぜ」
宥めるように答えたロックオンにティエリアは一瞬押し黙った後、渋々口を開いた。
彼なりに、理由があるらしい。
「AIが、アレルヤ・ハプティズムのデータを誤送して来た」
「ハロが?」
「一度端末に繋いだから、その所為だろう」
事もなげに分析してティエリアは云うけれど、端末に繋いだ程度でハロが誤送する筈がない。
昨日一日で、ハロの対ティエリアスキルはかなり上がったようだ。ロックオンは笑って仕舞いそうになるのを堪える。
「そりゃおまえ、ハロにいっぱい食わされたな――ま、それは置いといて、データがなんだって?」
不服そうな表情を浮かべたティエリアだったが、ロックオンのトーンを低く真剣な問い掛けに厳しい顔付きに戻った。
「身体能力が酷い数値だった。特に反射速度が酷すぎる。この儘では遠からずミッション遂行に支障が出る。だから俺は来ただけだ。後で見たヴェーダも、今日はマイスター全員で行くことが望ましいとの見解を推奨していた。不安要素が取り除けるのなら、個人の感情は関係ない」
自分が話した行動の順番を、ティエリアは自覚しているのだろうか。来るのを決めたのが先で、ヴェーダを見たのが後。
真面目と云うか、嘘が吐けないと云うか、素直って云うか、自分に正直過ぎると云うか――結局は、アレルヤを心配して来たと白状したも同然だ。
まだ文句を云いたげなティエリアに内心で苦笑し、ロックオンは会話を早々に打ち切る。
「まあ、俺としては純粋に皆で来れて楽しかったけどな」
何はともあれ、ミッション成功に乾杯だ。
ロックオンは買った紙袋からギネスの缶を取り出し、避難がましい緋色の瞳から隠れるようにタブを開ける。
「刹那は、なんで来たんだ?」
「――暇だった」
「そりゃまたわかりやすい」
おまえも呑むかとロックオンがもう一本放ると、刹那は片手で受け止めて缶を開け、躊躇うことなく口を付ける。
ティエリアの視線が痛い。
「――ひとつ、訊きたい」
「なんだ、刹那」
「こうやって回りくどくミッションを偽装する程の状態なら、どうして睡眠導入剤を使わない?」
「そんなもんとっくに使った」
苦々しげにロックオンは短く吐き捨て、中身を一気に呑み干した。
ぐしゃりと缶を握り潰す。
「なんでか知らねぇけど、アレルヤには薬の類いがほとんど効かない。ちょっと前に飲み物に混ぜたきつめのやつに変えたが、効果なし」
ロックオンが何種類か薬の名前を上げると、ティエリアの眉がひそめられた。
知識としてティエリアが知るそれは、かなり強い部類に入るものだ。
「それでも、駄目なのか――」
「ああ、駄目だった。多分、薬品に何らかの耐性があるんだろうな」
「耐性――?」
刹那の疑問は吹く風に流され、答えは静寂で返された。
万が一のときの為、各自がある程度は耐性を持っている。
当然それを踏まえた上になる投薬が効かないとなれば、ソレスタルビーイングに入るより前に耐性が作られていたことになる。普通の生活していれば、まずありえない。
その生活は誰も追求してはいけない、踏み込んではならない『過去』の領域だ。
「あーあ。幸せそうな顔しちゃって」
誤魔化すように呟いて、ロックオンは覗き込んだ寝顔の頬をつつく。
アレルヤはほんの少し身じろいで、吐息を漏らした。
「――ん、」
結局、騙されてたのはおまえだけだったなあ、アレルヤ。だから俺が云ったじゃねぇか、現実を見ろ――ってな。
そんなことにも気付けないから、てめえは安い『普通』ごっこが幸せなんだろうよ。
Fin.
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