めいん
8
あたたか、い。
わたしは、心地よいぬくもりに包まれて目を覚ました。
「………アイリ、…」
『…ろ、ぉ』
長い時間使うことのなかった唇からはざらりとした何とも言い難い音が漏れた。
それだけなのに、沸き上がったのはクルーみんなの驚喜する歓喜の声。
ぼんやりと霞む視界を擦ろと右手を上げようとしても、わたしの身体はぴくりとも動いてくれなかった。
はんこうきかな?
いや違う。
わたし、死んでたんだ。
死後硬直やら動かしていなかったツケもあり、わたしの身体は今では声を出すこともままならなくて、もどかしくて。
でもローはただ何も言わずに、力一杯わたしを抱きしめてくれていた。
だから、
頭突きしてやった。
うん、ごめんなさい。
多分理解できてない人多いと思うけどちょっと待ってて。
今わたしムカついてるから。
不意打ちに堪えきれなかったローは小さく呻いてから、ぐらりと揺らいで後ろに倒れた。
クルーのみんな唖然。
あはは、ざまぁ。
『ミス、タ、ああ゛っ!』
「い゛っ!!!?」
無理矢理に動かした筋肉は、ぶちぶちという嫌な音をたてて動く。
叫び声をあげた喉も、切れるんじゃないかって思うほどに焼けつくように痛む。
正直、産まれたての馬みたいにガクガクと膝が笑っていたけれど気に止めやしない。
まさか踵落としを喰らうとは思っていなかったのか(わたしも食らわせるなんて思ってなかった)ミスターは蹴られた頭を抱えてうずくまった。
鳩が豆鉄砲どうたらそれ以前の表情を浮かべた彼の頬に平手をお見舞いしてから、もう一度唇を開いた。
頑張れ舌、あと喉も。
『ばかじゃ、ない、の』
「…―っえ、あ?」
『わた、わたしっが、死んだからって。
貴方が傷つく必要はないのに。
ばーか、あほあほあほあほおたんこなす』
「ちょアイリちゃ、」
『ペンギン!!!!!!!!!!!』
ミスターの間抜けな顔と声を無視して今度はペンギンに向かって近場の椅子を叩きつける。
ペンギンも、まさか自分に来るとは思っていなかったのか見事に頭に食らっていた。
よし!ないすしょっと。なんてね。
『砕くなら氷にしろ。
あんな馬鹿でかい金槌、わたしまで砕き殺すつもりか』
「……すま、な、い?」
『全部、覚えてる。
死ぬ前も死んでからも生き返ってからも、ぜんぶ』
「生き返ってから、!?」
『うるさい』
覚えてるんだって。
ほんと。
ぜんぶ、ぜんぶ全部。
みんなが悲しんでいたのも、ミスターが自傷していたのもペンギンが揺らいだのもキャスケットが破綻したのもベポが嘆いたのも。
「いっ、で!!!!!!」
呆けているけれど、ちょっとだけ浮き足だったキャスケットの頬を張り倒す。
ほんと、頬の成分を疑いたくなるほどいい音がした。
『キャスケットは……特に何もないけどついでに殴っとく』
「何もないのかよ!
殴られ損じゃねえか!!!!!!」
『え?ベポはいいよ、気にしなくて。
可愛いからね』
「聞いてない…だと……!!?」
ちょっと今のは笑いそうになった。
軽口をたたくキャスケットだけで、そのサングラス越しに見えるのは涙以外の何物でもないから。
笑わずに。
代わりにでたのはわたしの涙。
号泣するベポの頭を一撫で。
それから振り返って、叫ぶ。
『トラファルガー・ロー!!!!!!!!!!』
喉が千切れそうになった。
渇いてカサカサする気管を酸素と二酸化炭素が出入りするたびに、ひゅうっという情けない音がした。
喉も肺も、焼けつくような痛みを訴えていたけれど全て素知らぬフリをした。
死んでた時よりもよっぽど痛くないから。全然平気。
『、!―……!!!!!っ、!!』
言いたいことは山ほどあった。
『く、…―っふ、っえ、ぅ……!!!』
アンタはそれでも船長か。
『っく、ふぇ、ぅ、あ、ああ、!』
わたしが死んで何故立ち止まった。
『うぇ……ぁああああああああ!!!!』
怖かった。
『ロー!!ロー!ローローローろぉ!!!!!』
でも、やっぱり
『す、きっ!!、だい、っすき!
だかっら、お願い!!!!!
も、離さな、で!!!独りはやだよお!!!!!!』
「当たり前だ……っ!」
痛いのは怖いよ死ぬのは怖いよ。
でも、一番怖かったのは貴方の側にいられなかったこと。ローは泣き叫ぶわたしをしっかりと抱きしめてくれた。
少し強すぎる力に、痛みを感じる。
でも気持ちいい。
この痛みはわたしが生きている証拠。
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