めいん
3
「悪いがまだ、お前の部屋の用意がしきれていなくてな。
今日は我慢して此処で寝ろ」
『……………、』
時計はすでに10の字を刻んでおり、おれはアイリに「子供は寝る時間だ」と言ってベッドへと追いやった。
の、だが。
『嫌です』
意外にも、アイリはきっぱりと断りきったのだった。
これには流石に面食らってしまったが、すぐに平常心を取り戻して問い直す。
「何が不満だ。
確かに今は少しちらかっているが……、一応綺麗に整頓したぞ」
『わたしが心配なのは、貴方の寝床です』
「あ?」
即座に言い返され、おれがつい戸惑ってしまいそうになる。
アイリは、くるりと一転しておれと正面きって向かいあう。
ベッドの上に立っている彼女だが、おれの身長にはまだ及ばずに見上げる形となっていた。
『ここは、船長室です』
そう、確かにおれが連れてきたのは船長室、つまり自分の部屋だ。
彼女はハキハキと一語一句区切るように続ける。
『わたしが此処で寝たら、貴方はどこで寝るのですか』
「一応、ソファの、予定だったがな」
『では、わたしがソファで寝ます』
初めてこの強情な少女に呆れに似た感情を抱いた。
しかしそんなことは気にもせず、彼女はソファに猫のように体を丸めて寝転がった。
『恩人を寝床から追い出すなど笑止千万につかまります。
蜘蛛であろうが鼠が居ようが。はたまた、立っていても睡眠をとることができますので。
わたしに構わず、ご休息を』
一体何が、
何が彼女を、こんなふうにしてしまったのだろうか。
彼女が、もしごく普通の家に産まれていたら。
たかがオムライスひとつに感動することなど無い。
暖かな布団にくるまり、楽しい夢を見るのだろう。
胸が傷い。
その感情の名を、おれはまだ知らなかった。
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