めいん
8
螺旋階段。
ぐるりとねじまがって上に伸びゆくそれを駆けていく。
先など全く見えない。むしろこれにゴールがあるのかさえ怪しくなるほどの遠さ。
日常から体力をつけるべきだ。そう言って造られたのがこの螺旋階段。
最上階には、貴重な資料や機密が置かれているため、対侵入者用の体力を削ぐ役割も兼ねている。
そんな中で、彼、トラファルガー・ローは悠々と笑っていた。
寧ろ、爆笑。
「フフ、まさか……仮にも自分の家で迷子になるとはな?“殺戮兵器”の底が知れるぜ」
『うるさい』
ローのからかいに、彼女も苦々しく言い返す。
しかしそれで彼が折れる訳がない。
更にカラカラと愉快そうに笑ってみせるのだった。
アイリはただ口を尖らせて無言のまま階段を物凄いスピードで駆け上がる。
彼も遅れをとらぬよう、その後を着いていく。
しばらく不機嫌そうな顔をしていた彼女が、ふいに表情を崩した。
それも、悲しげに。
何かに気づいたように突然立ち止まると、キョロキョロと辺りを一望する。
それから、小さく。
今にも消え入りそうな声で呟いた。
『わたしは、ずっと牢にいたから外なんかしらない。でも、ここ覚えてる』
悲観、焦燥、憤怒。
どれとも言えぬ、苦しそうな表情を浮かべて彼女は言う。
「アイリ?」
『もう少し、もう少し…!』
「おい、アイリっ」
突然立ち止まったかと思うと、突然走り出す。
突然黙りこくったかと思うと、突然叫び出す。
今は潜入中のため、なるべく静かにいたかったが今はそれどころではない。
彼女の悲鳴に駆けつけた海軍たちを確実に仕留めながら後を追う。
海兵なんて怖くない。
今、ローにとって心配なのはアイリの身だけ。
『行かな行かない行かないと……怒られ、る』
「アイリ、止まれ!」
『行かなきゃ……っ!』
ローは彼女の腕を掴み、捕獲に成功する。
しかしアイリの瞳は始終ずっと右往左往に暴れて、完全に錯乱しきっていた。
彼女に何があったのか、
そんなことを知る由もない彼はただアイリの言葉を待った。
彼女が発した言葉に、聞かなければよかったと後悔するには既に手遅れだった。
『はな、し、離し、て。わたしは、早く行かなきゃ怒られる』
そう言って、アイリはローを言葉で突き放す。
『痛いのは嫌怒られるのは嫌気持ち悪いのは嫌殺されるのは嫌……』
『あ の 牢 に 帰 ら な き ゃ 』
(何言ってんだ?)
(おれ以外にお前に帰る所なんてないだろ)
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