態度の悪い迷子(AOT) ※兵長でも団長でもない時。二人ともキャラが崩壊しています。夢主が妖怪。 壁外調査の経験が浅い新兵のリヴァイは、実力こそ問題は一切なかったが、仲間想い過ぎた。振り上げた巨人の手から仲間を逃がすために、自らが犠牲となった。だが、流石は、やがて人類最強の兵士と呼ばれる男である。重傷を負いながら、膝を付いたのは敵である巨人を滅してからだった。 分隊長であるエルヴィンが駆けつけた頃には辺りは静寂を取り戻していた。エルヴィンは苦い思いで馬から降り、息も絶え絶えなリヴァイを見下ろす。残酷にも、リヴァイが助けた兵士は巨人に踏みつぶされて殉職した。彼もまた、傷ついたリヴァイを助けようとして巨人に近づいてしまったからだった。 これは助からないだろう。血を吐くリヴァイの意識は朦朧としており、視線も合わない。 残念だ。これは惜しい犠牲だ。眉間に皺が寄るのを抑えられない。 「悪かったな……」 かろうじて聞こえた小さな声。ハッとして身を屈み、口に耳を寄せる。しかし、もう一度リヴァイから声が発せられることはなかった。呼吸が荒いものから浅いものに変わっていく。いよいよ最期だ。 「リヴァイ……」 常になくエルヴィンは心を痛めつけられたように感じた。こんなにあっさりと失って良い存在ではなかったはずだ。早速今後の計画や戦略の変更を行う理性的で合理的な脳の働きを邪魔するかのように、頭痛がする。悲しみなど、抱いてはならぬのに。 「……死ぬな」 瞳を閉じてしまったリヴァイにつられるように、うっかりこぼしてしまった。だが、もう止められない。 「リヴァイ、これはあんまりだ。お前が死ぬにはあまりに早すぎる。待て、死ぬな」 なんて酷い、陳腐な吐露だろう。これだけは自分は吐いてはいけないと、エルヴィンは強く理解していたのに。 彼は手遅れだ。何度もこんな場面を見てきた。もう去らなければならない。彼を荷物のように抱え、死亡者を乗せる馬車に連れて行かなければならない。 沈黙を浴びた後、口を重々しく閉じ、常より重い腰を上げようとした。 その時、今まで微かにも感じなかった気配と共に女の声が背後から聞こえた。 「死ぬのか、つまらん」 ブレードを掴み鋭く振り返る。しかし、次の瞬間エルヴィンは絶句した。己の常識から逸脱した存在が、宙に浮いていた。 女は若い。真っ白の髪を胸まで真っ直ぐ伸ばしており、赤い奇妙な服の前で風に煽られて揺れている。赤い瞳は呑気に細められ、蒼白い唇はつまらなさそうに突き出されている。赤い奇妙な服は、襟が広く、下は切れたスカートのようで素足をあまり隠していないくせに、腰だけはきつそうな金と白の帯で締められていた。靴は土踏まずの部分から、まるでバランス感覚を鍛えさせようとするかのような薄い板が10cmほど伸びている。靴も服と同じ赤だ。 常識を覆すのは見た目だけではない。彼女は立体機動を装備していなかった。それなのに、宙に浮いている。 エルヴィンは生まれて初めて立ち尽くした。巨人を見た時よりも強い衝撃を感じた。 「とても綺麗に飛ぶから見ていたのに、もう飛ばんのか」 「……お前は誰だ?」 女から敵意というものが一切感じられなかったこともそうだが、なにより夢を見ているような感覚のせいで、エルヴィンは呆然としていた。こいつが敵か味方か、なぜ宙に受けるのか、いつの間に存在していたのか、一体何者なのか。 女は方眉を上げた。 「言葉を謹め、小僧。誰にものを言っている。この大天狗に向かって無礼な奴め」 知らなければならない。急激にエルヴィンは正気を取り戻した。 しかしエルヴィンが行動をとるまえに、女が早く地に足を下ろした。地に降りると、女は思いの外小さかった。バランスを取るのが難しそうな靴で、器用にリヴァイの周りを歩く。 「まだ死んでいないな、よし」 女は徐に腰に下げていた瓢箪を取り出し、中を確認するように振った。 ブレードを収めて強く注意深く見つめるエルヴィンを一瞥し、薄く笑った。 「儂はアヤコという。小僧、今は時間がないから先の無礼は目を瞑ってやる」 「……あなたは、」 「まあ待て。儂もここに来て浅い。この不思議な機械を使って飛ぶ姿が最も綺麗だったのはこの小僧だった。死ぬには惜しい」 「しかし、もう……」 「僅かだが、酒が残っている」 アヤコが笑いながら、先ほど揺らしていた瓢箪をエルヴィンに見せつける。エルヴィンは眉を潜めて瓢箪を見る。 「酒?」 「貴重な酒だ。特別にやるから、またこやつの飛ぶ姿を見せろ」 既にリヴァイは虫の息だ。酒などでどうするというのか。 ついていけないエルヴィンに、アヤコは高慢げに鼻を鳴らした。 「退屈はさせるな、人の子よ」 そう言って瓢箪を呷り、そのままリヴァイに口づけた。 抵抗もできないリヴァイの喉に、酒が送り込まれる。飲む力もないだろうと思われたが、アヤコが口づけた瞬間にリヴァイの唇が自ら開くのをエルヴィンは見た。 やがて嚥下するのを目で確認できるようになった頃、リヴァイが噎せた。エルヴィンの目が見開かれる。 瞳は閉ざされたままだが、確実に生を、息を吹き返したのだ。 夢でも見ているようだ。 声も失い立ち尽くすエルヴィンに、立ち上がったアヤコが笑みを深める。蒼かった唇は血を帯びて赤黒くなっていた。それを挑発するように舐める。 「暫く休めば完治するだろう。早く持って帰れ。そして儂に面白いものを見せろ」 エルヴィンは身体が震えるのを感じた。恐怖でも怒りでもない、歓喜と興奮からくるものだ。この化物を逃してなるものかと、理性と野生が叫ぶ。これを手に入れろ。 大切な翼を失いかけたところに、その翼を取り戻しただけでなく強大な風を見つけた。恐ろしく気まぐれな風だろうが、かまわなかった。 こいつは人間ではない。すぐにわかった。必ず、ものにしろ。 エルヴィンは無意識に笑みを浮かべ、アヤコに恭しく礼をした。 「彼の命を救ってくださってありがとうございます。彼はリヴァイ、私はエルヴィン・スミスと申します。事態が把握できぬ未熟さ故の非礼をどうかお許しいただきたい」 「おう、わかればよい」 「ぜひこの謝罪と礼がしたい。ここでは十分なもてなしができないので、ぜひ私達と共に我が兵団の本部に来ていただきたいのですが」 「そうだな……ここは閑散としてつまらん。うむ、呼ばれよう」 「ありがとうございます」 エルヴィンは眠っているように見えるリヴァイを抱え、馬を走らせながら思考する。 アヤコの姿ははたと見えなくなった。まるで煙のように消えたのだ。もしかしたら、本部に着いた途端現れるのかも知れない。あまりに現実味のない出来事に、未だに信じられない気持ちだ。 だが、青白かったリヴァイが静かに寝息を立てているのを見てしまえば、あれは現実だったのだと思い知らされる。 人間ではない。しかし巨人でもなさそうな、奇妙な化物。 早く会いたい。会ってもっと話がしたい。エルヴィンは急かされるように早く、早く馬で駆けた。 20131210 進撃の世界に迷い込んだ妖怪と重鎮二人の話。 まだ兵長でも団長でもない頃。この後新兵リヴァイさんと言葉遊びをしたり新兵リヴァイさんをからかったりしたりしますが、機会があれば書きます。 [次へ#] |