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空洞(DRRR!!臨也 R15)


※R15 下品
Sobbing dirty liarの続き



 二十代と偽って夜の街で遊ぶリスクは、本来ならば非常に高い。飲酒や喫煙は未熟な身体に悪影響を及ぼすという可能性、未成年と発覚すれば停学や退学、社会的評価の低下、噂話の蔓延など、ぱっと上げるだけでもこれだけのものがある。個別的に見れば、恐らくもっと増えるだろう。
 より将来に安全性を求めるなら、まずやめた方がいい。二十歳を超えれば何のお咎めもなく遊べるのだから、それをおとなしく待った方が懸命だろう。
 それでも、子どもの夜遊びが減らないのは、子どもの辛抱が足りないからなのか、夜の街に魅力がありすぎるのか、はたまた別に理由があるのか……。
 
 そんな答えの見つからないことを、ぼんやりと考える。ある種の現実逃避かも知れない。
 目の前にいる、にやついた男。見た目こそ二十代後半だが、残念なことにおつむが子どもなのだろう。未成年でありながらすっかり夜の遊びに慣れてしまっているアヤコにとって、こういった人間は見飽きたものであった。
 目新しいものではなく、生産性は皆無である。構うのも面倒だが、そうもいかないのがいつもと違うところである。明日は休みだから、開いている婦人科を探そう。そう思った。現状を知り合いに知られていると気づいていながら、アヤコは全く狼狽えなかった。



 時間は一週間前の夜まで遡る。
 花の金曜日、夜の街が平日の中で最も華やぐ時間帯。夕飯を外食で済ませ、クラブに行くかどうか迷い、ふらふらと目的もなく歩いていた。
 若い見た目のアヤコに声をかけるのはホストの客引きかナンパ目的の男で、警備員や警察官の姿はない。今歩いているのは大通りから少し外れた、いわば裏通りのため、取締りが非常に薄いのだ。そのおかげもあって、アヤコが遊んでいても補導されない。
 知らない男からかけられる声は、音楽のかかっていないイヤホンを建前に使って無視している。あちら側もあわよくば引っ掛かればいい程度に思っており、無視されることには慣れているので、どちらもまるで流れ作業のように済んでいる。アヤコのあてのない散歩を妨害するものはなかった、はずだった。

「これからどこか行くんですか?」

 斜め前から現れ、アヤコの真正面にやってきて、男はそう話しかけた。流石に真正面に立たれて無視しても引き留められそうであるし、現時点でこれといった目的もないアヤコは、『暇』という理由でつい対峙してしまった。
 一応、愛想よく笑みながら首を傾げてやる。

「どうしようかなーって思ってました」

「あー、なるほど。なんか寂しそうに見えたんで、思わず声かけちゃったんだけど、よかったです」

 軽薄な笑みである。
 寂しそうに見えた根拠をぜひ教えてもらいたいと思ったが、恐らくこの男の思考回路にそんな明確なものなど存在していないので、求めるだけ無駄だろう。愚問、というものである。
 ホストの客引きか、ナンパか、判別がつかずに相手の次の言葉をおとなしく待つ。すると男は、アヤコの予想していた二つではない誘いをしてきた。

「ねえねえ、風俗……って、興味あります?」

 思わず反応が遅れてしまった。初めてだったからだ。

「さあ……関わったことないので、ちょっとよくわかんないですね」

「え、今までそういう勧誘受けたことないんですか?」

 あるわけないだろう、とつい返しそうになった。
 そうして、アヤコは、何故今までこういった声がかけられなかったのか、なんとなくではあるが推測する。
 アヤコが活動する範囲は繁華街の中でも、クラブの多い通りだ。それ以外の店と言えば、比較的女性向けに建てられたものが多かったような気がする。24時間営業のドラッグストア、安いファーストフード店、ラブホテル等もあるが、それは該当しない。例えばホスト、女性用衣料品店、アクセサリーショップ等が、他の通りよりも多かったはずだ。だから風俗の勧誘より、ホストの客引きやナンパに遭う確率が高かったのではないか。

 アヤコが苦笑いしながら頷くと、男はあからさまに驚いた表情をして見せた。

「まじで、ありえない。こんな可愛いのに?」

「そんな、恥ずかしいです……」

 夜の街では聞き飽きた台詞に、決まりきった反応で返す。すると男は必ずこう返す。

「いや、まじでまじで。ほんとに可愛いって」

 予想通りの反応だ。つい笑ってしまいそうになるのを、懸命に耐える。
 照れ笑いのまま男の動きを待つと、勧誘に慣れている男はアヤコの読み通りスムーズに仕事の話に持っていった。

 ここで、立ち話もなんだしホテルか喫茶店でも行こう、と誘われれば、断ったかも知れない。だが、男は意外にもその場で話をしはじめたのだ。人が少ない通りの端とはいえ、繁華街の通りで。
 内容としては、風俗とは何か、どんな種類があるのか、自分がおすすめしているものはなにか、今の風俗店の安全性について等、かいつまんではこのようなものだった。話が上手くまとめられ、聞きやすかったので、特に苦痛とは感じなかった。
 そしてさらにアヤコに関心を持たせたのは、これだけだったということ。
 男はすぐにアヤコに事務所に来いとは言わず、次に会えるのはいつか、と聞いてきた。思わず「どうして?」と尋ねると、

「いきなりたくさん聞かされても考えまとめられないでしょ?ゆっくり考えて、また返事きかせてよ。あ、LINEだけでも教えてくれたら連絡しやすくて助かるなー、なんて」

 今まで関わってきた男性といえば、「今すぐに」がまるで規則で言えと決められた言葉のように必ずついてきていたのに、この男はそれをしなかったのだ。
 この類いの話は冷静に考えてしまえば、まずやろうなどとは思わない仕事だろう。それにも関わらず、わざわざ向こうから考える時間を与えてきたのだ。

「……いいんですか?」

「勿論。無理だと思ったらそう言ってくれたらいいし、ゆっくり考えて?できそうだと思ったら今度はもっと詳しく、具体的にはどれくらい稼げるかって話とかもするから」

 さらに男は腕時計に目をやり、アヤコの肩を抱いた。

「このあと予定ないんだっけ?電車で帰るの?」

「あ、はい。ないです。始発で帰ろうと思って……」

「じゃあホテル行こ?もうこんな時間だし」

 こんな時間、と見せられた腕時計の短針は3を指している。
 案の定「今すぐに」やりたがるのだろうか。気づかぬうちに心のどこかで落胆したアヤコは、いつものように遊んで終わろう、と思って、笑顔で頷いた。

「……はい」

 男が悦ぶような、媚びた笑みで。



 ここでもアヤコは驚かされることになる。
 男は近くのホテルにアヤコを案内し、簡単に部屋を決めて入ると、すぐにシャワーに入り、缶ビールをものの数分で飲み干し、アヤコの髪から頬まで一撫でして……さっさと部屋から出ていってしまったのである。
 その間わずか30分にも満たないが、ホテル代は済ませてあるし、アヤコと連絡先もしっかり交換している。男がアヤコをホテルに連れ込んだ理由は、この後予定のないアヤコが始発までゆっくり休める場所を確保するためだけだったとしか考えられない行動だった。

 流石に呆然とするアヤコの耳に、別れ際に言った男の言葉が反芻される。

『おやすみ、ゆっくり休んで』

 久しく誰にも言われなかった、なんの変哲もない夜の挨拶だった。

「……おやすみ」






 それから三日程経った。
 勧誘の男……倉崎とは、一日に数分、文字のやり取りをする程度の関わりだった。内容も当たり障りのない、しなくてもいいようなもので、楽しくもしんどくもなかった。
 男が言っていた『返事』についても、今のところ何も追求されない。
 特別な何かを期待していたわけではないが、ここまで何もないと、どうしても見勝手に退屈してしまう。
 そして不覚にも、あの時の一言が心に残ってしまっているのだ。アヤコに何も求めず、ただアヤコが休めるために行動してくれる人間の、ただの『おやすみ』の挨拶が。

 一人の暗い部屋で、意味もなく唸る。自分から『返事』をしようか悩んでいる。アヤコの予定では、向こうから返事の催促を受けて、それに返答してから体験入店をしてみる、という筋書きだった。別に金銭的に困窮しているわけではないし、そういう仕事をどうしてもしたいわけでもない。ただ、気になってしまっているだけ。何が、とは、アヤコはそこまで考えてはいなかったが。
 もう少し待ってみようか、手元にある最後の明かりも消して眠ろうとした。

 待ってましたと言わんばかりに震え、光り、着信を知らせる外出のお供に、じっとりと鬱陶しげな視線を向ける。
 ため息をつきながら画面を見て、ほんの少しだけ息を深く吸う。
 あの男からの連絡だった。内容は、今週末に会えないか、というものだった。そこで返事を聞き、可能ならばそのまま詳しい説明、体験入店までしていきたいと。

 アヤコは三分程待ち、『わかりました。よろしくお願いします』と返信した。



 週末の夜。
 約束の時間の、きっちり五分前に待ち合わせの場所に到着した。倉崎はその五分後に来て、遅刻もしていないのに「待たせてごめん」と、アヤコへ謝った。申し訳なさそうではなかったが、礼儀として、挨拶代わりに言ったようであった。
 アヤコの中の、夜に徘徊する男への偏見がかすかに揺らぐ。

 待ち合わせの喫茶店へ入り、一番奥の、人の通りが極めて少ない席に案内される。客はアヤコ達以外に一人の制服姿の青年しかいなかったが、それでも話の内容を考慮してか、倉崎は足取りを迷わせなかった。
 接客業を生業にしているとは思えない死んだ表情の中年女性が、注文のコーヒーを2つ持ってきて席を離れてから、話の続きが始まった。

 内容は、初めて声をかけられた時と同様のものと、それよりも詳しいこと。
 私の住んでいる大まかな場所と交通手段を聞き、どの働き方が楽か。性行為の経験の有無と、それに対する抵抗感の程度を聞き、どの範囲までの仕事内容ができそうか。
 そんな感じだった。

 どうする?やっぱり怖い?やめておく?
 話している間、いかに風俗の商売が昔より安全に配慮されているかを説いていたにも関わらず、最後の締め括りとして倉崎はとても心配そうな表情でそう言った。
 キャッチなのだから、声をかけた女性が仕事を引き受けてくれる方がいいのではないかと問うたが、続かないと収入も少ないので意味がないし、無理矢理働かせるのは嫌だとの返答がきた。
 声をかけて、勧めはするが、あくまで決定権は女性にあるということだ。

 だからこの心配は純粋に、若い女性、つまりアヤコに向けられたものであると。

 苦笑いを含ませながらそう説明をした男の姿に、ホテルでの出来事を思い出す。
 身体も求めず、優しく夜の挨拶を交わしただけで済ませた男。

 アヤコは、予定通り「少し怖い気持ちもあるけど、やってみたいです」と返答した。



 倉崎は「本当にいいの?」と念を押してから、席を外して電話をしだした。
 アヤコは初めてコーヒーに口をつけ、ひっそりとため息をつく。しんどかったらすぐやめよう、倉崎には申し訳ないけど。
 そんな風に考えた。

 電話はすぐに終わり、倉崎は少しばつの悪そうな顔で戻ってきた。

「ごめん、今日ってまだ時間ある?」

「明日は休みなので大丈夫ですけど、どうかされましたか?」

「うん、今電話したんだけどさ、直接話がしたいってことで近くまで来てるらしいんだよ。これから一緒に行ける?」

 倉崎と違って風俗店の管理者の方は随分性急なようだ。別に倉崎が悪いわけではないのだから、そんなに恐縮しなくていいのに。
 時間があると返答した手前、断ることはしなかった。倉崎との話が終われば暇にすらなりかねなかったため、断る理由もなかった。
 胡散臭いな、危険だろうなと頭の中で声がしたが、化粧をした自分が「だからなに?」と冷たく言い放った。

「大丈夫ですよ」

 人当たりのいい笑顔で返答した。



 倉崎に案内されたのは、喫茶店から歩いて10分ほどの、細い路地だった。
 直接話がしたいとのことだったため、予想としては同じような喫茶店か、風俗店だったが、それは外れたようだ。
 薄い蛍光灯しかついていないビルに入り、数歩。
 これは危険なやつだったな、と冷静に考えて、なお、ついていった。

 突然振り返った倉崎が、申し訳なさそうな表情で「本当、ごめん」と言ってアヤコの手首を掴んだ。
 アヤコは笑顔で「いいんですよ」と返答した。
 その返答の最中にもう暗い部屋に引っ張られたため、アヤコの返答を聞いた倉崎の顔は見られなかった。

 勢いがつき、ふらつきながら部屋に踏み込むと、振り返る間もなく扉が閉められる。
 その瞬間に外の蛍光灯とは比べ物にならない明るい電気をつけられ、眩しさに顔ごと灯りからそらした。

「いらっしゃい」

 それだけ言われ、またしても手首を掴まれて引っ張られる。
 先程より強い力で放られ、アヤコは倒れた。幸いベッドがあったようなので、痛くはなかったが。

 ほんの少し慣れた目で見たのは、薄汚れた天井や壁、3〜4人の知らない男。男の顔には笑み、手にはカメラや携帯電話。
 頭の中で見た、危険なやつだった。

 アヤコが何かアクションを起こす前に、一番近くにいた男がアヤコの両手首を掴んで引っ張る。そのまま頭上に持ち上げられ、アヤコはベッドの上で無防備な体勢をとらされることになった。
 念のため、いつもの脅迫をしてみる。性病を持っているが、かまわないかと。

 するとアヤコの服を脱がそうとしていた男が身体を硬直させたが、手首を拘束している男が「臭いで大体わかる、確認してやるよ」と言ったため、無効だった。
 実際性病を患ってはないので、バレるだろう。

 下手に抵抗して痛い思いをする方が損だ。久しぶりだが初めてではないので、感慨は特になかった。
 終わってから今後のことを考えよう。そう思いながら、目の前の光景を眺める。

 写真を撮られ、服を乱暴にたくしあげられ、下着が見えるようにしてからまた写真を撮られる。ズボンも無理矢理脱がされ、また写真を撮られた。
 撮ることに満足したのか、露出された太腿や腰、腹を無遠慮に触りだす。
 寒気に近い悪寒を感じたが、ただ見ていた。

 男の手が下着越しに胸を掴んだ時、ぼんやりとしていた死のイメージが明確に心に浮かんだ。
 明日、婦人科を探そうと思っていたが、死ぬのもありかもしれない。

 胸を揉まれながら、違う男が太腿を擦り、徐々に股の方まで迫って来る感触を味わわされる。

 また別の男がそんなアヤコ達の光景を撮影した、その直後のことだった。
 部屋の外から大きな威嚇の声がし、場が騒然となる。
 男達は素早い身のこなしでアヤコから離れたが、部屋から出るよりも、威嚇の主が部屋に飛び込んでくる方が早かった。
 数人の警官が迅速に動き、四人の男を拘束する。怒鳴り声と激しい物音が響き渡る中、アヤコは痺れる腕を擦りながら身を起こした。

 婦警も来ていたらしく、ジャケットのようなものをアヤコに被せ、優しい声をかけた。何を言われたのかはわからなかったが、「大丈夫です」とは返答した。

 強姦未遂の男達の末路を見ることは叶わず、婦警に部屋から連れ出される。幸い足は動いたので、暗いビルから出るのは早かった。
 外に倉崎は当然おらず、アヤコは促されるままにパトカーに乗った。

 病院と警察署のどちらがいいかと聞かれ、本当は自宅がよかったが警察署を選んだ。
 未遂だったし怪我もしていないので、と答えれば、心配そうな表情をした婦警は「しんどかったらすぐに言ってね」と言った。

 その後は展開がとても早かった。
 警察に保護されたことで保護者である親戚に連絡がいき、迎えに来られた。それまでの時間に事情聴取を受け、別人の話をさせられているような気分で適当にそれに合わせ、呆気なく解放された。
 親戚の、疫病神を見るような目で少しいつもの日常に戻った気がした。







 倉崎とは、あれから連絡をとっていない。
 親戚から厄介事を増やすなと言われたが、嫌なら違う親戚に面倒を見てもらうよう頼めばいいと答えた。金を手放せない連中は、それ以上反論してこなかった。
 事情聴取の内容から、学校側には知らせないことで、親戚と警察で合意した。

 手首の痣は残ったままだが、休み明けに登校はした。真面目な生徒を演じているため、不用意に休む気にはならなかった。

 放課後、鍵の壊れた屋上の扉を開き、夕陽が差す空と景色を眺めた。その目は、先日の男達に向ける目と変わりはなかった。
 約束もしていないのに、数分も待たずに再び屋上の扉が開く。
 アヤコはそちらに視線をやり、笑顔で彼を出迎えた。

「助けてくれてありがとう、折原くん」

「……いっそ清々しいね」

 屋上に現れた折原臨也は、困ったように笑った。
 アヤコの表情と言葉で、ほぼ全てのことを把握していることを悟ったのだ。

 臨也は、アヤコは知らない方法で彼女の夜の遊びを監視、観察していた。
 そのため倉崎との接触も、喫茶店からビルでの出来事も知っていた。
 様子を見ていたが、状況的に襲われていると判断したため警察に通報したのだろう。
 婦警から受けた事情聴取で、アヤコは今回の通報に臨也が絡んでいると確信した。

 事情聴取では、アヤコが男に声をかけられ道を聞かれ、案内しようとしたところ突然腕を引っ張られて拘束された、という内容だった。通報した人の予想だから、違ったら教えてと言った婦警に、大体合ってますと答えたアヤコを疑うものは、いなかった。何故ならアヤコは表向きには品行方正な優等生であり、夜の遊びは親戚すら知らない。もちろん、親戚を脅迫した事実も、金を着服しようとしたことを隠したいために口外されていない。
 なので、通報してもらってとても助かったのは、本当のことだった。


 ただひとつ、喫茶店にいた制服姿の青年も臨也の依頼のもとアヤコを追っていたことは、さすがに気づいていないだろうが。
 
 暴行されかけたにも関わらず、涼しい顔でいつも通りに登校してみせたアヤコに、さすがに臨也も驚きを隠せなかった。純粋に驚いた。驚いて、少しだけ心配した。
 臨也が監視していなくて強姦されていたとして、果たしてアヤコはこうして笑顔でいたのだろうかと。

 笑顔でいるのだろう。
 完璧な優等生の姿で、臨也の前でも笑っていたのだろう。

 そう思うと、胸に経験したことのない痛みを感じた。

「これに懲りて、少しは夜遊びを控えたらいいんじゃないかな?」

「うん、考えておくね」

「ねぇ」

「なぁに?」

「どうして倉崎についていこうと思ったの?いくらなんでも無用心すぎないかい」

 責めてる風でもなく聞いた臨也に、アヤコは少し沈黙を返す。何故と聞かれると、「なんとなく」とか「暇だったから」とかばかり出てくるのだが、きっと臨也はそれでは納得しない。

 沈黙に何を思ったのか、臨也はアヤコの返答を聞く前に更に続けた。

「倉崎に誘われてホテルに行ったけど、何もされなかったんだろ?倉崎だけすぐに出てきたからね。そこで何を言われたのかはわからないけど、優しくされて期待したんじゃない?」

「何を期待するんだろうね?」

「愛してもらえるんじゃないか、とかかな?」

「キャッチに?」

 吹き出すようにアヤコは笑った。
 滅多に見せない、夜にたまに見る素の姿に、臨也の心臓は一瞬高く飛ぶ。

 アヤコは笑い、そこまでではないが、どこか、なにかの心が揺られた自覚はあったと思う。
 それが期待なのかはわからない。だが、すでにそれも消えており、どうでもいいものになってしまっていた。

「おやすみってね、言ってくれたんだよ」

「ホテルで?」

「そうそう。頭を撫でてね、『おやすみ、ゆっくり休んで』って言ってくれたの。まるでお父さんみたいに」

 今度は臨也が沈黙する番だった。

「嬉しかったよ?だから遊びたくなっちゃったのかも」

「……怖かっただろう?」

「折原くんは私のこと知ってるのに、そんなこと言うんだ?」

「初めてじゃないからって、全く平気なわけはないと思うんだけどな」

「それを決めるのって、折原くんなの?」

 とうとう答えに詰まった。
 アヤコはそんな臨也を、暴行しにきた男達に向けるのと同じ目で眺めた。

「折原くんの表情が変わるのも、好きだよ。学校で見るより、夜に会う折原くんの顔の方が好き」

「それは喜んでいいのやら」

 先程より強い痛みが、臨也の胸を苛む。

「改めて、助けてくれてありがとう、折原くん。また明日ね」

 日が沈みかけて暗くなってきた屋上から見る景色は、先程より不明瞭でわかりにくい。
 
「おやすみくらいなら、俺が言ってあげるよ」

「また夜に会うの?楽しみだねぇ」

「立花さんは見ていて飽きないからね」

 アヤコは笑った。その笑みは楽しそうに見えた。



20170426
揺らぐようで揺らがない、不安定な高嶺の花。無自覚から自覚するまでいくかなーくらいの臨也さん。若い。
 

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あきゅろす。
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