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ユートピア

桃の香


その日は、特に何の変哲も無い朝だった。


−−−−


六月下旬の、青空の下での事だった。

雨上がりのひんやりした涼しい風が吹く、心地良い昼下がりだった。



時代は戦乱の前触れ、創世の魔法使いや金属器使いやらといった政治家にとっては規格外な人間たちが力をつけて国一つを動かし始めた頃。

戦いの上手い者が権力を手にし生きる風貌が出来上がってきた頃。



そんな世界の大陸の一部分、東を統べるとある国、煌帝国でのお話。

つい最近までは規模の大きい集落に等しい国家だったというのに、今ではしっかりと世界に根を張った一つの立派な国。

この頃なにやら変なカルト教団的なのが国に入り込んできたぞと周りが認識し始めた頃。



煌帝国、宮城でのこと。



「・・・・・・そもそも、だ。私は君が出世して権力すら手にしてドでかい椅子に座っているビジョンがこれっぽっちも思い浮かばないんだよ。」

「余計なお世話であります」

「そりゃ楽に構えろとは言わないけれど、もう少しゆっくり歩く余裕があるほうが幸せだと思うのさ」

「私より幾つ上の位をその手にしてるつもりなのでありますかアンタ」



昼食を終えた人々が軽い談笑を楽しむ場として設置された庭を眺めながらそう呟いたのは、若い二人の官人だった。



片方は支給された官史衣装に身を包んだ青年。名前は夏黄文。

つい最近この城に登用された新人である。



そしてもう片方は白を基調とした浅黄色の官服を着込んだ若い人物。

名前を燕昌玉。

白磁の肌に絹のような黒髪と美女の代名詞を二つ手にした麗人、ついでに優秀な上位の官人である。



「私は紅徳様の補佐にと臨時で回されているに過ぎないよ。そのうち元の部署へ戻される。」

「なら今の内に皇帝の部下の信頼を得るなりなんなりしておくべきでありましょう、上手く行けば今の位を永住のものに出来もするはず」

「そう簡単な話じゃないよ。私には向いて無いんだ、なにしろ今の状態は息苦しくて仕方が無い。」



人懐こい微笑みを浮かべながら手をひらひらさせる燕昌玉に、夏黄文は「アンタは向上心に欠けている」と感想をこぼした。

夏黄文にとって燕昌玉は職場の先輩に当たる。

位の差は当然、年齢もずっと上だと知ってたまげたのも最近だ。

年齢と外見のギャップが激しい事にかけては現皇帝紅徳の奥方並みである。



つい最近。

そう、つい最近の事なのだ。

煌帝国が天華の小国から世界を統べる三国の一つになったのも、この先輩と顔を合わせたのも、白徳大帝の死によりその弟が皇帝となったのも。



「今度人事が発表されたら、元の書類整理に専念させていただくさ。代わりに君が頑張りなさい」

「・・・・・・」



先代皇帝の傍仕えの一人だったりしたらしい燕昌玉がなぜ自分に声をかけようとしてきたのか、その真意を夏黄文は今だ読めずにいた。



燕昌玉の能力は白徳大帝が存命中傍に置いていただけあって申し分ないものであったし、その気性は城のクソのような連中共とはまったく違うものだった。

へコヘコと上司に媚びるのではなく誰に対しても礼儀を重んじる姿は人に好かれるそれであると思うし、なによりその傍には大概人が居る。

隣に居ると心安らぐと感じさせてしまうあたり才能だろう。それにこうして雑談しているふとした時に、その知識の深さや知恵に目を覚まさせられる思いをする事も少なくない。

武芸に関してはあまり得意でないと言うがそれもどうか怪しい。



「人事の後は移動で君もここに来ることも少なくなるし忙しくなるだろうけど、また来ておくれ。実家が山ほど野菜を送ってきたから手料理を振舞うよ」



そんなだから夏黄文にとって嫉妬の対象となってもおかしくは無いのだが、しかしそれでもなかった。

それらを差し引いても自分の出世欲の高さに呆れつつもこうして気安い話をする燕昌玉は尊敬できる先輩だったのだ。


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