小連載
4
変わらないものを求めた。
太陽
月
朝
空
海
しかし時には星を含む大自然すら世界によって違いを見つけてしまう。
何度も繰り返した中で、唯一変わらなかったのは。
自分の心臓の音だった。
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(雨、降らないなー)
昼の間にからからに干上がった畑に水を撒きながら、法等は空を見上げた。
暦の無い時代であるためはっきりとしたことは解らないが、恐らく今年ももう7月になったはずだというのに一度も雨の日がないのだ。
つまりはとうとう一度も梅雨が来なかったわけである。
井戸の水深は浅くなる一方、川の上流にある山にも雨はほとんど降らなかったため、下流の村に流れてくる水の量も去年より少ない。
もはや日に日に暑さは増すばかりで畑は乾くばかり。
山で集めた春の分の貯蓄もほぼ空になりつつある。
このまま夏に収穫するはずだった食べ物が実をつける前に枯れてしまったりしては、簡単に村は食糧不足に陥ってしまう。
それでも夏の間は山に収穫に行けるようになる秋まではどうにか保つだろうけれど、問題は冬だ。
いっその事村を捨てて別の地に住む場所を探した方が良いのではないだろうか。
法等は何度も様々な生と死を、時には自分も経験して見てきたため、こういった生死にかかわる危機には早い内の決断が大切だという事を身に染みて知っていた。
それに、もっと大きな確信もある。
実は村の川は、少しばかり上った場所で一本の川が二本に枝分かれしている川のうちの一本なのだ。
これまではもう片方がどこへ繋がっているのかはよくわからなかった。
誰も興味がなかったから調べもされていなかったのだ。
けれど法等は知っていた。
もう片方の川を下って行った先には、別の村があるという事を。
その村はこちらの村とほぼ同じ規模で同じく水不足に悩まされている。
むこうの村には頭の回る指導者がいたらしい。
村に入ってくる川の水を少しでも貯蓄しようとため池をいくつも作り、川が二本に別れる場所に上手く石を積んで、なるべく多くの水を得ようと工夫を凝らしていた。
自分の住む村とは大違いだ。
恐らく向こうの村には稲栽培のための水路の知識を持った渡来人でも混ざっているのだろう。
彼らはきっと自らの創意工夫で問題なく冬を越す。
自分たちはここで占いや祈祷にすがって悪戯に死んでいく。
あーあと溜息をつく法等自身が率先して何かしらの行動をとれば良かったのではないかとも思われるかもしれないが、言ってしまうとその時そんな気は殆ど無かったのだ。
今更どうにかしようと思っても付け焼き刃でしかない。
死期が近いのである。
すでに憑依した時から10年近く経っているので思い過ごしでは無いだろう。
むしろ法等は去年のうちに解離するだろうと思っていた。
それはそれで一向によかったのだが、なぜかそんな兆候は無く一年を無駄に過ごしてしまったのが問題だった。
今では親も親戚もいないためこれといった心残りも無いまま消えるのだと思っていた。
それはそれで気が楽だった。
だから一年ぼっとしながら死を待った。
だがなぜかすでに年は空けて夏が来てしまった。
おかげでその時間の間で最近そうも言っていられなくなってしまったのが悩みの種だ。
(残していくには心配なんだよ)
先ほどまで一緒になって草履を作っていた少年を頭に思い浮かべる。
幼い顔にはアンバランスなきりっとした目つき、尖った犬歯と真っ黒な切りっぱなしの髪。
名前は分からない。元々この時代、個人の名前はこれといって重要ではない。年齢と性別で仕事が決まり生活も決まる。これといった他人との違いも無い。苗字どころか名前があっても無くても生きていける時代。だから誰も尋ねないのだ。
彼は最近、山で迷子になっていた所を自分が村に連れ帰ってきたのだった。
親とはぐれたのか一人きりだった子供が憐れであったためこうして一人暮らしの家に仮住まわせたのだが、困ったことになった。
もうすぐ死ぬことが決まっている自分は、そのうち子供の世話を出来なくなる。
そうなる前にどうにかしなくてはならない。
自分の生、というか寿命にはこの千年ほどでとんと割切った考え方をするようになっていたが、それは長い時の中で法等が身に着けたもの。
元からあった本質がこれといって変化したわけではないので、近しい者や他人の生死に薄情になった訳ではないのだ。
「せめて私が死んだあと、あの子を助けてくれる誰かがいれば」
私もいくらか身軽に逝けるのに。
呟いた言葉は夕食を作る焚火の中で割れた焚き木の音で掻き消えるぐらいに小さい。
友人でも大人でも近所のじいさんでもいいのだ、せめてあと3年、自力で山に登れる頃になるまで。
その頃になれば、あれでなかなかに賢い子なのだ、罠や道具を使って獣を捕える方法をすぐに覚えるだろう。
そうすればどうにか命をつないでいける。
(真剣に考えなきゃなあ。ここで手を抜いたら死んでもあの子の事を思い出す羽目になる)
奇麗に去っていきたい。
出来れば誰にも知られずにひっそりと。
そうすれば簡単に忘れられるはずだから。
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