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小連載



この体の名前は何だっただろうか、とぼんやりと思う。

思うがそれだけだ。最初から知っている。

なにせこの河原に少なくともひと月は居たのだ。

身体を置いて天に昇ってしまったこの体の前の持ち主は今日まで毎日この時間に水を汲みに来ていた。

たまに大人や同い年ぐらいの子供たちと一緒に来ていたので何と呼ばれていたのかも知っているし、両親の顔も帰る家の場所も知っている。

恐らくこの体で村社会に溶け込むことには支障はないだろう、上々だ。

周囲を調べるまで記憶喪失のふりをするのも疲れるのだ。



「何歳ぐらいなんだろ、この身体」



中学生ぐらいの身長だったから、なんとなく13歳ぐらいだろうかとあたりをつけるが多分違う。

100年過ぎれば人間の骨格も変わる。

現代人は栄養状態の満たされるにつれ平均身長や寿命も伸びたし、柔らかいものばかり食べるから祖父母の世代に比べて頭蓋骨の顎が小さくて細いという。

周囲を見渡して一番高い建造物が米を蓄える倉であるあたりかなり大昔に飛ばされたらしいと想像は付く。

建物の屋根や入口の高さは150センチメートルあるかないか。この世界の成人の平均身長はかなり低いのだろう。



(そういえば、さっきまで溺れていたからかなと思っていたけど、この身体あんまり調子良くない・・・・・・?)



少年がおぼれた川はそんなに深くは無い。大人の腰ほどだ。

子供は洗面器一杯の水で溺死すると言うが、今思い出すとあまりにも簡単に流されてしまっていたように思える。

空腹のあまり朦朧としていて、そして足を滑らせてしまったのかもしれない。

そう考えると憂鬱だ。

あっという間に死んでしまったためこの身体にはうすら寒い残留思念は残っていないが、魄が離れるより先に身体が二度目の死を迎えるかもしれない。

そうなったときは洩れなく自分もその死に付きまとう苦しみを請け負わなければならないのだ。

うっかり風邪をひいてそのまま動けなくなったり、毒蛇に噛まれて吐き気と寒気に殺されたりといったことがあった。

冬の凍死や餓死なんかはとくに苦しい。眠りにつくような死に方は出来た覚えがない。体温低下に呼吸困難、脳が何も考えられなくなってもずっと続く恐怖は最悪だ。

せっかく生き返ったようなものなのに、死の瞬間を考えるのはまた気分が沈む。



「なるべく若いほうが長く憑りついていられるけど、幼いと生存確率が低いからなー・・・・・・」



それに女より男のほうが体が丈夫で寿命も長い。

現代では女の平均寿命は高いが、病気になったときの生命力はどうしても劣るのだ。



「まあ、どうにでもなるだろう」



この少年も、これといって特別なことも無く、畑を耕して働いて、小さくて狭い村から出ることも一生無く生きていくことになっただろう人生だ。

ある日誰にも知られずに、ぽっくりといなくなってしまったけれど。

彼の身体の残りの寿命を使い切るまで、自分はそれをたどるだけだ。

短くて数年、長くても二桁にはならない年月。

それだけしか時間を持たないことが分かっていて、どうして未来に希望が持てるだろう。

この身体の持ち主も、生きていれば村の外へ出たかもしれないし誰かと添い遂げたかもしれないが、タイムリミットが分かっていてそんな夢は描けなかった。



「ええと、この私の名前は法等。法等、法等。よし覚えた」



魄の力が弱まったら、さっさと抜け出してしまおう。

それだけ考えて村へと向かった。


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