小連載
そのなまえは
ほうずきばあさんほうずきおくれ。
まだめがでないよ。
ほうずきばあさんほうずきおくれ。
まだめがでないよ。
ほうずきばあさんほうずきおくれ。
もうめがでたよ。
はじからどんどんぬいとくれ。
はじからどんどんぬいとくれ。
−−−−
唐突だが、今の私には肉体が無い。
腕もないし足も無い。
脳ミソもないのでならば私は一体何者なのかと言えば、恐らく、魂とか、霊魂とかと呼ばれるのだろう。
肉体が無いと言うのは不便で、今の私は口が無いので人と話が出来ない。
そもそも私の姿を認知できる相手がいないので会話自体が成立しないので必要が無いのかもしれない。
しかしモノを見聞きする能力だけはしっかりと、物を持ったりは出来ないのに有しているあたりが厄介だ。
私は普段、川に流される葉っぱのように空気の中を人々の生活を横目で見るだけの存在だ。
そのよく分からない流れはときたま私を海の向こうまで連れていくが大抵は一所でふらふらと渦を巻いている。
私はその流れに逆らう術を持たない上に自力で行きたい場所へ向かうための足を持っていないので、同じように一つの場所から数か月ほどは動けない。
その流れが無いと、その場所でずっとゆらゆらと揺れているしかない退屈な時間を過ごす羽目になるのだ。
だからいつも私はどうにか退屈を紛らわそうと周囲を通る人々や野良猫に意識を向けて時間を潰すことに専念する。
それはとても暢気で不自由だ。
特に事故に遭遇すると悲惨な目にあう。
この姿に目玉は無いはずだが、基本私の視界の視点は動かない。
そのうえ瞼も無いので、昼も夜も目を閉じるということが出来ないのだ。
そこに疲労は無いが目を背けることは出来ないというのはきつい。
行き倒れになった人間が犬に喰われ腐っていくグロッキー映像はトラウマだ。
記憶は色あせることもないから厄介すぎる。
なにより思考を止めると自分が何者であったのかすら忘れてしまいそうになるのが厄介だ。
自分の思うままに動く肉体を持っていた一番最後の記憶が残暑の厳しい日だったことだけは覚えている。
しかしその輪郭が月日を重ねるごとにどんどんと曖昧になっていくのだ。
私は確か女だった。
さすがに名前は覚えているが、すでに顔や正確な歳や背丈はあやふやだ。
脳の記憶は他人を声から忘れていくというが、まさか自分の声が思い出せなくなるとは滑稽だ。
誕生日はいつだったか、家族はどんな顔をしていたか、兄弟は何人いたか、友人はどんな性格だったか。
たまにふっと思い出すことはあるが、思い出すこと自体をしなくなるといよいよ自分の意識がぼやけてくる。
この姿になった最初のころはそういったことを何度も思い出しては泣いていたが、とうとう人の食べ物の味や匂いも忘れかけている有様だ。
こんな姿になってはいるが、おそらく私は人間だ。
一応どこか遠い場所で私の身体は生きている感覚はある。
なんとなく分かっているのはそのどこかで生きている体が死ぬとそのうちこの私も天へ上るのだろう事だ。
天がどういったものかはわからないがとにかくこうして生霊なのか幽霊なのか判断のつかない状態からは抜け出せる予感はある。
ぶっちゃけとっとと肉体には死んで欲しい。
臨死体験とかの話を鑑みるとどうにかすれば肉体に戻ることもできるはずなのだが、その肉体がどこにあるのかわからないのだ。
ある夏の日、私は突然こんな姿になった。
肉体から放り出されたこの私は戻れなかった。
すでに私の肉体には何かがいたのだ。
恐らく私とは別の誰かの霊とか魂が入ってしまったんだと思う。
この姿でふらふらと空気の中を流されていると、稀に死体に遭遇する。
すると死体から出ている何かに引っ張られてその死体の中に入ってしまう事があったりする。
この私も数百年の間に何度か体験した。その引っ張る力には逆らえない。自分の意思ではないのだ。
ついでに言うと入ってしまった後は自力では出られない。
だからその度にその死体が持っている引っ張る力が弱まるまでその体の中に入った状態で数年過ごす事になる。
弱まったら弱まったで引き延ばした輪ゴムを飛ばすみたく身体から放り出されると同時に全く知らない場所へ吹っ飛ばされるのも難点だ。
そうしたことを何度も繰り返していると自分がどこから来たかなんてわからなくなり、だんだん世界までひっくり返り時代まで遡ったりする。外国どころか平安時代とか江戸時代とかにも行った。
まるで貝殻を渡り歩くヤドカリみたいだ。自分で選べないところは違うけれど。
ちなみに私はその引っ張る力の事を、オカルト知識から引っ張ってきた単語をつけて「魄」と呼んでいる。
肉体(死体)と魂(この私)を繋ぎ合わせるから。
思考する時間だけは山ほどあったのでその絡繰りは大体理解している。
新鮮でなるべく傷ついていない死体であるほど魄の力が強かったりするあたり、多分臨死体験中だったり事故って魂が帰って来れない場所にいる事が条件なんだろうこととか。
まあそのあたりはどうでもいいから、私はとにかくいい加減にこの姿を辞めたい。
大体死体に乗り移るなんていい気持ちはしないし、乗り移ったところで数年経てばまた私は離れる羽目になる。
なにせ毎回余命宣告をされている気分なのだ。
乗り移っている間は魄の力が弱まっても仮の肉体にしがみつくことはどうにか可能だが、それでも限界はある。一番長くても10年と保たなかった。
それでなくても乗り移る死体は弱い肉体であることが多いので、病死だとかもたまに経験させられる。
自分の肉体は生きているはずなのに死を何度も体験するというのはかなり気分が悪い。というかぞっとする。
良い事がゼロなのかと問われると、まあ自由な動きができる身体はふらふら空気の中を漂う生活と比べれば天と地の差がある。
帰り道が分からないがその分たまに面白い所へ着地することもあるので楽しみと言えば楽しみではある。
魔法の存在する異世界だとか、忍者やけったいな能力者がバトルを繰り広げる二次元の世界だとかに飛ばされることもあったりするので。
そんな訳で。
肉体を無くした私は、五分五分とは言えないが苦痛喜楽七分三分ほどの割合で生きている。
そしてこれは。
そんな私が一時期過ごしたとある憑依生活と、その一時が作った今の私の話である。
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