小連載
3
「兄さん兄さん兄さん、」
「もうちょい落ち着いて入ってこい、上がる前にせめて足を洗え」
「それよりやばいんだって烏羽軍が村の連中引き連れて工場に向かったんだ!」
「は?」
今日はどうも雲行きが怪しいなぁ、と思っていたところへ飛び込んできたのは弟だ。
この前おろしたばかりの着物をたくしあげて足を汚した弟は開口一番にそんなことを言う。
弟は少々ばかり物事を騒がすところはあるが気のいい性格をしていて友達も多い。
抗議集団なんざ抜けろと喧嘩をしたときは軽い殺し合いにまで発展したが、今では友人に兄が自分にした事と同じような事をしているらしい。
言ってしまえば抗議集団のような力にものを言わせた方法ではなく、工場とどうにか平和的な交渉ができないかと言いだしたのだ。
どうするのかなと放っておいたらいつの間にか穏便派チームみたいなのを作っていた。
その活動のトップの一人をやっている弟はさり気なく相談を持ち掛けてきたりはするがこうまで慌てているのも珍しい。
ちなみに烏羽(うば)軍というのは抗議集団の誰かがかかげ出した名前だ。
烏の羽のように黒い髪を取り戻そうという願いが込められているらしい。
「毎度の事だろ」
「それが今回は規模が違うんだよ、あいつら村長の奥方を煽って女たちまで巻き込みやがったんだ!俺や道場の連中だけじゃ収集付かないから兄さん来てくれ!!」
「は!?」
算盤を持っていた腕をがしっと腕を掴み、もう片手に兄の竹刀を掴んだ弟は海岸のほうへ引っ張りはじめた。
慌てた兄はどうにか草履を足先に引っ掛けてちょっと落ち着けと叫ぶ。
「私が行ってどうなると言うんだ」
「兄さんが行けばちょっとはあいつも話も聞くはずだからだ」
「烏羽軍の頭首のことか?彼と話ができた試しなんか無いぞ」
「一応道場では一二を争った仲だろ!あいつが一位、兄さんが二位!」
「昔の話だ」
「2年しか経ってねぇだろまだまだ最近だろ、兄さんが自信持ってくれなきゃ俺らが困る!」
「何の自信だ」
「あいつを止めさせる自信だ!女たちの身の安全は兄さんにかかってんだぞ!」
「どういうことだ説明しろ」
なんか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
「今回ばかりは人数が多くて、役人が何人か止めに入ったんだ。どうにか俺達で暴力沙汰になる前に役人たちは引っ込めたんだが、それを聞いた烏羽軍の連中が怒ったんだ。国は天人に虐げられている自分達を見殺しにする気だって。」
「役人だって事情も知ってる同じ村人だろ。とんだ被害妄想だな」
「みんながみんな兄さんみたいに考えられないんだ。みんな村を天人に占領地扱いされているように感じちまってんだよ。
今じゃ烏羽軍の先導で工場に殴り込みに行こうなんて計画が本気で話し合われてる。役人は役人でそんな騒ぎが起こったらあっと言う間に村が戦場になっちまうから鎮圧のために人数集めてる。このまま放っておいたら村が真っ二つだ。
時間が無いんだ。もう俺達ができるは役人たちとの話し合いの場を作る事ぐらいだ。頼むよ兄さん、力を貸してくれ、俺をぶん殴ったみたいに、あいつらを止めてくれよ」
返せる言葉は無かった。
弟は兄を買い被っているのだ。
兄にはこれといった力は無いし、人と違って見えるのはちょっと変わった人生を送っているだけで、本人には何の才能もない。
それなのに。
一つだけ声を止めた兄に弟が首をかしげる。
兄はにやりと笑う。
「・・・私よりもお前のほうがそういったことには適任だろう」
「確かに俺はてっぺんに立つのは好きだが、俺は兄さんみたいにものを賢く考えられない。知ってるだろ」
「ああそうだな。」
「それに兄さんほど遠くが見えない。教えてくれよ、兄さんには何が見えてる?」
「烏合の衆、もしくは猿山のボスだな」
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