小連載
2
嫌だとか帰りたいとか言ってはいけない。
どっかで聞いたっけ。
(そうだあれだ、千だ)
帰りたいなんて口走れば、その瞬間に世界から放り出されるか鶏にされて死ぬまで卵を産まないといけなくなるんだったっけか。
飴を舐めながら歩くこと10分ほど。
帰る方法が見つかるまで帰りたいとか言っちゃだめだと自分に言い聞かせつつ、片手に持った英語の辞書をめくりつつ、とりあえず会話を試みるべきかと悩んでみる。
とはいえ言葉もロクに分からない人間に食べ物や仕事を与えてくれるような人は居ないだろう。
そこで考えた結果が、物乞いの真似事だったワケである。
とりあえず夕暮れになった頃合い、人の目に止まるためになるべく目立つ、それでいて邪魔にならない場所に座り込む。
路地裏で拾った小さなギターのような楽器を耳障りにならない程度に鳴らして哀れっぽく道行く人の背中と空のカンカンを交互に見ること数分後。
通り過ぎるついでに小銭を投げつける者やら気前よくパンをつけてくれる者がいたりと、やたらと儲かることに気がつく。
「むしろ言葉が分からない方が良いかもねぇ。同情とかはともかく嫌な言葉を聞かなくて済むし」
そんな事を呟きながら缶詰の蓋を開けるため缶切りをキコキコやっていると、ふと何かに気がついた。
視線だ。
誰かがじっと、こっちを見ている。
トリップした反動なのかなんなのか、五感が研ぎ澄まされた今の真咲にとってそれは簡単に見当が付いた。
見えるのは3人組の男女。
あれは普通の人間の足音ではない。
あれは普通の人間の臭いではない。
あれは普通の人間の目ではない。
言葉が分からない分、その行動の一つ一つに意識が向かう。
その用心深い足運びや火薬の臭いや目の動きや周りの気配への気の配り方。
突然その男女に周りを囲まれ、ざわりと肌があわ立つ。
『やっぱりお前もそう思うか』
『ああ、こいつもだ』
『こんなちっさな女の子がねぇ・・・・・・察するに、流れ者の子が運悪くあそこに攫われちまったって所か』
『逃げてこれたって事は、それなりに能力もあるんだろう』
『そうだな』
言葉は分からない。
ただ表情や声の様子から敵意はない事は分かる。
そして真咲という存在を見て、何かを思っていることも。
『どうする?連れて行くか』
『だけど、こんな子を』
『こんな所で物乞いしているよりはマシだろ』
『なあ、こいつ俺らの言葉分かってねぇみたいだぞ』
そして気づく。
もう一人、なにかもっと強いなにかが近づいてきている事に。
『おい、そんな所で群がって何をしてんだ?』
男の声が聞こえた。
黒い服の男だった。
真咲の傍の3人を凌ぐ、圧倒的な存在感を持つ男だった。
どこかで見たことのある顔だった。
(この、男)
『グリードさん、なんか俺たち新しいのを見つけたみたいです』
『へえ、どこだよ』
『いえ、このガキが・・・・・・』
『おいおいこんなチビが?お前らと同類だって?』
その名前だけが、鮮明に聞こえた。
そうか、この感覚は。
ざわざわと体中の毛が逆立つ感覚は。
人造人間の。
ホムンクルスの気配だったのだ。
それらが勝手に喉を振るわせる。
「強欲、の?」
『あん?おいこいつ今何言ったんだ』
『それが・・・言葉が通じてないみたいでして』
『通訳はいねぇのか、お前ら元軍人だろ』
『俺らは戦闘要員ですよ、異国語なんざ話せません』
何かを話している。
それらをどうにか聞き取れないかと思うが早すぎて分からない。
そう思うと、リーダーらしい男がしゃがんで目線を合わせてきた。
突然の事に驚き、真咲はその目を見返す。
『はろー、初めまして』
首をかしげ、妙なことを言う男。
ゆっくりだったので聞き取れた。
「は、ろー?」
『そうだ。お前の名前は?』
「あ、えと、名前?」
『そう、名前。』
「真咲、・・・・・・です」
首を後ろへ向け、男は言う。
『真咲だとよ。何処の言葉だ?』
『分かりませんって』
『あ、ちょっと待ってください。もしかしたら俺の先祖の言語かも。片言ですけど喋れます』
『マジか』
今度は少し若い男が横に来る。
やはりどこかで見たことのある顔。
「はじめましテ、おれは、ドルチェットですた、通じマスか」
「・・・・・・、」
通じる。
檸檬は目を大きく開いて男の、ドルチェットと名乗る男の目を凝視する。
よく見ると、目の前の男の顔は東洋人のものとよく似ている。服装もそれっぽい。
この世界にも母国語はあったのかと喜びそして慌てて言った。
「通じます。こちらこそ、はじめまして」
嬉しそうに言う。
「ドルチェットさん、私は真咲です」
『通じました!グリードさん!』
『そうか、じゃあそいつに俺らと来いって言え』
少女がその強欲の手をとるまで、あと――。
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