[携帯モード] [URL送信]

小連載
05


戦力補充計画。

度々出される政府からの指令、審神者間ではイベントと呼ばれるそれ。

審神者なるものが組織されてより幾度目かの戦力補充計画、新しく顕現した「山梔子守」を新しく戦力に加えんがために計画されたそれが発令されたのは、雪が解け始め、梅の花がほころんだ花月の頃であった。



「ふむ。此度の戦場は一風変わった場所であるようだな」

「ああ。なんでもその新しい刀剣男子の本体が発見された場所になぞらえているらしい」



新しい戦場は、京都の東山。その山中。

古都奈良から都を移した時から千年以上の様々な歴史の中心であったその土地は、山に囲まれた盆地である。

そのうちの東。日が昇る方角の土地で有名なのは銀閣寺だろうか。

さらに京都の山は墓場が多い。

これは都市開発の際に、町中にある寺や神社を潰してその上に建築物や道路を作り、ご神体や仏像はまた新しく都の外れに建てられた神社や寺に、つまりは山の中に移動させられていったという事を何度も繰り返していためであるといわれている。

実は都の道路の下や川には死体が埋まっている、というと怪談のようだがこれらは大体は本当の話である。

ここまで来れば察しの通り、その刀剣はとある墓に埋まっていた。



山梔子守。

なんでも、たまたま休暇で現世に帰っていた審神者が、訪れた先で見たこともない刀剣の付喪神と出会ったのが発見に至った経緯であったという。

調べてみると有名な戦国大名の姫君の守り刀であり、文献にも記録が見つかるという、なかなかに知名度のある、もっと言えば刀剣男士たりうる刀剣の付喪神が宿る一振りであった。



ただその存在が確認されてすらいなかったのは、その守り刀が、とある姫君の墓に共に入っているとされていたためだ。

それまで歴史研究者たちが興味を示しても、その姫君の墓があるのが京都の教院で、しかも境内にある墓そのものが国の重要文化財である塔頭だったために、不用意に踏み込むことができなかったのだ。

基本的に日本政府は考古学者や歴史研究者たちには明治以降の建物には好きに調べさせても、それより以前の文化財にはなかなか手を出させない。

結局姫君の墓は今の今、2250年に至るまでずっと誰の手も触れない手つかずのまま眠っていた。中に入っているであろうとされる守り刀の存在も、ずっと未確認のままだった。



ただここで疑問になるのが、時の政府はどうしてこの付喪神を発見できなかったのだろうか、という点だ。

時の政府の目的は時間遡行軍の討伐。そのためには刀剣男士の協力は必要不可欠だ。

時の政府の発足当初に、付喪神を見ることのできる政府役人たちが日本中を駆け回って付喪神たちに協力を願ったのは誰もが知るところである。

そうして協力を取り付けた付喪神との契約のもと、付喪神の分霊と審神者の霊力によって生まれたのが刀剣男士。他でもない、現段階で時間遡行軍の攻撃に唯一対抗が可能な兵士であり、武器だ。

審神者は霊的な才能適正がなければなれない稀有な存在であり、そして刀剣男士はその数限りある審神者に一定数しか顕現できない。

そのため時の政府は協力をしてくれる付喪神に片っ端から声をかけ頭を下げ、とにかく戦力を、頭数を増やそうと躍起になった。

現存するかどうかも、行方不明であろうとも、物語の中の実在しない刀剣であるかすら区別なく、恐らく日本にある刀剣の付喪神ほぼすべてにその嘆願は伝わっているだろう、というのは実しやかな噂である。

まだまだ交渉中の付喪神も多いが、ゆるやかにその数を増やす刀帳の欄は、その努力が着実に実っている証拠だろう。



さて、ここで山梔子守の話に戻るが、現存するしないを問わず刀剣の付喪神を探し回った時の政府は、日本中を駆けずり回るため、刀剣の全盛期である数百年から千年以上昔の古い文献を調べ上げ、神社仏閣の書庫、博物館の倉庫をひっくり返す勢いで漁り尽したのだ。

その調査は少しでも名の残る刀剣と思われる単語を片っ端から拾い上げるという、抜けは無いだろうが選別に多大な時間がかかる作業を行ってのものであり、割かしはっきりした行方が分かっていた山梔子守の存在は、ちゃんと認識されていた。



ただ、時の政府が山梔子守が共に埋葬されたその姫君の墓を調査した当初、山梔子守は発見されなかった。

というよりも、付喪神の気配が全くなかったのだ。

実在しない刀剣であっても、語り継がれた存在であればその縁ある土地に付く物の者は居付く。

姫君の墓を荒らしてその刀剣の怒りを買わないようにと慎重に行われた調査だったが、結局当時の調査では姫君と共に眠った二本の苦無、山梔子守の付喪神姿は発見されなかった。



それが今になって突然出てきたのか。

しかも、自ら協力を申し出るという友好的な振る舞いでもって。



政府の混乱もさもありなん、だろう。調査が不十分であったのか、実は出てくるのを嫌って姿を隠していたのか、果てはまさか歴史遡行軍が関わっているのではないかなどというスパイ疑惑まで。あれこれとネットの海に情報が流れ出た当初、審神者たちの間でもあれこれと憶測が飛び交った。

最終的にその混乱が収束したのは、あまりな騒ぎを起こしてしまったらしいと察した本刃が、政府に向けて自ら説明を行ったからである。



「これまで姫君の死出の供をしてずっと彼岸の世にいたが、姫君が無事彼岸での修練を終えて輪廻転生なさったので、自分は暇を頂き現世に戻ってきた。客人をもてなせなかったことを先に詫びたい。」



「数百年ぶりの現世は平和に見え、しかし裏ではなかなかの混乱にあると知った。前の主が自分に最後に命じたのは姫君を守る事だった。それを終えた今、何をするべきか思考しても、自分は墓の中で、世の中が思うように、自分の思うように在るしかない。」

「ならば人の子に手を貸そうと思った。前の主が願ったのもこんな平和な世の中だった。それを守るために自分を振るっても、この銘に恥をかかせることにはなるまい。」

「それに、ほかの妖怪や妖精たちに聞いた。墓場に来た人間たちは、墓荒らしのような真似はしなかった。自分が見つからなくても、腹立ちまぎれに場所を恨まず礼を尽くして去っていった。姫君の墓を尊重してくれたと。」

「そんな人の子が自分に協力を求め探していると聞いて、嬉しく思った。だから、姿を現した。審神者なるものがこの墓場を訪ねたのも何かの導きであったのだろう、と思っている」

「長く現世を留守にしていたが、ついこの前まで現役の忍刀だった鎖苦無だ。きっと色々役に立つ。自分をそちらの勢力に加えてはもらえないだろうか」



―――ちなみに、この文はアポイントのメールとともに最初に墓場の調査に来ていた政府役人のデスクのもとへファックスされた。

当然ながら政府役人たちも審神者たちも中世の刀剣がファックスを使えるなんて思ってもみなかったため、その手紙はたちの悪い悪戯と思われてしまい。

結局あれこれ憶測が飛び交わせたあげく、無い心配に振り回され次の訪問を先送りにし続けた時の政府が数か月後に戦々恐々とした様子で墓場までやってくるまで、山梔子守は待ちぼうけを食らうことになった。

現代人であった記憶が起こした悲しい行き違いであった。

ちなみにこの騒動には政府対応遅い、と様々な方向から小言を付けられた。



まあ神無月に神様が日本各地で姿を消すなど日本の神様は割と行動的で、会いたくてもその場にいない事も多い。

そういう存在を相手にするのだから臨機応変にあらねばならない、と体制が見直されるきっかけにもなったので結果オーライ、だろうか。



夏に政府と接触を図り、結局落ち着いたのは翌年の春先という随分引っ張った登場であるが、まあこういうこともあるだろう。山梔子守はとりあえずそう決着をつけ、それぞれの審神者の元へ分霊を送った。



「山梔子守と申します。花の名前など、武器には不似合いとお思いですか?」



以上が山梔子守が実装に至るまでの、意味も無く長い道のりである。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!