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小連載
04


「それ」が[憑く物の者]として意思を持ち、自分という存在を自覚したのは、名前を与えられた時だった。


「姫様を守れ。山梔子守。」


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「それ」は言葉数の少ない人間たちの間で使われ、例外なく口を利かない人間に使役されてきた武器だった。

忍。

暗闇に潜み、姿を偽り、戦の裏側で戦う者たち。

特に「それ」が存在した忍びの里は徹底した無名、無音、無言を貫く忍者たちで構成されていたため、「それ」が何年経とうと物言わぬ道具であり続けたのも当然といえば当然だった。



何度目かの主人は少女だった。

くのいち、と呼ばれる女忍の見習い。

怪我をしているのか体中に包帯を巻き、元は整えてあったのだろう黒髪は無残にも斬バラに千切れていた。

一見ひどく乱暴されたのだろうかと思わせるような見た目だが、しかしすっと伸びた背筋は凛とした印象を放っていた。



「それ」はまだ自我の自覚をうすぼんやりとしか持っていなかった。

だから、のちに最後の主人となる、彼女との出会いを覚えている者は、もういない。



くのいちの見習いとなれば色仕掛け等の術の修行が付き物になのだが、彼女の顔に広がる痣は生半可な化粧では隠せず、果ては体中にもその痣は広がっていたため、彼女の仕事場はもっぱら戦の前線であった。

女を武器にできないために、彼女は「それ」を振るった。

仕込まれた数種類の暗器、両の手に握られる苦無は度々変わり、「それ」はある日突然、目を覚ますことになった。



「私の固有武器の名前が決まりました。山梔子守です」



実は彼らの里が言葉を使わない術を使い続けていた理由の一つに、言霊の力を信仰する部分があった。



声を出せば敵に気付かれる。

声に出せば味方に気付いてもらえる。

声があれば誰かに呼びかける事ができる。



声を神聖化し、滅多に使わないのが彼らの風習であった。

彼らにとって言葉は特別であったのだ。

特に、名前は一等重要であった。



ものに名前を付ければ、命が宿る。

その名前を呼べば、魂が目覚める。

さらに名前を呼び続け、使い、慈しめば、心が宿る。



古い迷信である。

しかし一部は真実だった。

信じる者が多くいたから、真実になった。



持ち主が言霊を信じる人で、その特別な声が、「それ」の名前を呼んだときに、確かに「それ」は自我を、心を持ったのだ。



「私がつけたのよ。父上は口無し、なんて呼ぶけれど、そんなの女子の名前にあんまりにもおざなりじゃない」



肌荒れ一つない滑らかな掌に包まれ、鈴を転がすような声で名を呼ばれ、その柔らかな頬を摺り寄せられたとき。

そのとき、「それ」は。



「山梔子守。くちなしを、守ってね。」



自分を振るう、女忍を。

自分にその女忍を守ってくれと願う、武器を振るったこともない幼い姫君を。

人の子を。

愛おしい、と思う感情と、庇護欲という心を持って、生まれたのだ。


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あきゅろす。
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