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小連載
01


「くちなし、くちなし。ねえ、それをちょうだい」

「その、あなたがずっと持っている武器を」

「私が生まれる前から下げていたという、その鎖苦無を」



「私の嫁入りの、お供にちょうだい」



−−−−

その武器が、自らの手に渡った時の事は、はっきりとしない。

いつだったかの戦の前、一通りの準備にと何本かの苦無や手裏剣、その他もろもろを里経由で注文した際に、手に入れたものだったのだ。

数打ちなだけあって、形も切れ味もどれも買ったばかりではそう差はない。むしろ差があったら職人の腕が疑われるため、区別はつかないほどだった。

そんな何の特徴のない苦無一本でも、使い続けるうちに手に馴染むものが出てくるわけで。

オーダーメイドの靴ではあるまいし、有るものを使わなければならない。



武器が手に合わなければ手を武器に合わせるのが戦の者。

何度も振るい体になじませ時には欠けさせその度に研ぎ上げ、そうするうちに一番体に合う一本が出来上がる。

きっとそれは武人も同じで、一本だけの刀を振るううちにその刀と馴染むのだろう。

忍に限らず戦場を仕事とする者にとって、武器は生命線だ。武器とその使い手は、強く結びつく。



そうして戦を繰り返し、手入れを繰り返し、最終的に梔子のなかで最も強く結びついたのが、その鎖苦無だった。



手に馴染むようになってきたなと思っていた苦無二本を何を思ったか鎖で繋ぎ、使い始めたのが最初。

ヌンチャクや鎖鎌のような特殊な動きが必要になる代物ではあったが、元々後方支援組であった梔子には、鎖苦無は思いのほか使い勝手がよい武器だった。



鎖苦無には銘も家紋も無く、あの世界で固有武器と呼ぶほどにはいささか派手さに欠けるものの、自分に一番合った武器である、という点では確かに風羽根だけの固有武器であった。



「くちなし、お願い。それをちょうだい。」

「うんと、大事にするわ。毎日磨いて、月に一度は研ぎあげて、ずっとずっと大切にするわ。」



何の飾り気もない武器だった。

きっとその価値は風羽根にしかわからない。

風羽根にとっては使いやすいだけで、正直に言うと同じ忍ですら使いにくいだろう武器だった。


それを欲しがった。

生まれた瞬間に立ち会い、それからずっと守り育てていた姫が。

忍の武器を、嫁入りのお供になどと。



「お願い、だめだというならあなたがついて来て!一緒に来て!」

「いやよ、父上と離れるのはいや、あなたと離れるのはいや、侍女たちとも、家臣たちとも、町や村のみんなとも、もう会えなくなるなんていや!」

「わかってるわ。私はわがままなんだわ。わかっているから我慢しようとしているのよ!」

「ねえ、いいでしょう?私のお嫁入りには、一番いいものを贈ってくれるって言ったわよね。私が笑顔で嫁いでいくのが見たいって言ってくれたわよね。お花も、化粧箱も、着物も、簪も櫛も薬もお守りだっていらないわ。それをちょうだい」



かわいい大切な姫だった。

この手でこの世へ取り上げ、今は亡き奥方様に託され、あげく氏直様には乳母のような扱いをされてしまった。



「私にはわかるもの、あなたがずっと持っている、その苦無。それが一番私を守ってくれる。」

「私の辛いとき、怖いとき、悲しいとき、傍にいたのはあなたでしょう。いつも必ず、その鎖苦無を腰に下げていたあなたでしょう。」

「私の心を知っているのはあなただけ、私の涙を見て良いのは、その鎖苦無だけよ」



醜い痣を隠すため包帯で体中を覆った女に、懐いてしまうような赤子だった。

きゃらきゃらと、風羽根にだけ笑う子供だった。

数刻遊び相手に呼び出されたかと思えば、巻物の読み聞かせに貝合わせかくれんぼ、時間が来れば駄々をこねられお稽古事にまでつき合わされ、結局一日仕事だった。

年頃になるとこの斬バラ髪を触って、せめて飾り気をつけろなんて言い出して忍相手に髪飾りをつけさせる始末。



「お願いよ、くちなし。その鎖苦無を、私にちょうだい」


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あきゅろす。
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