小連載
法螺貝inペダル
俺生きてる。
最高に、生きてる。
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熱い真夏日を、そのスポーツの世界大会は世界一過酷な競技といわれる世界一速い乗り物で駆け抜ける。
前カゴも荷台も無い、物を運ぶ機能を削り取られた、人一人を乗せて進むためだけに設計された乗り物。
代わった形のハンドルに高いサドル、なにより特徴的な細いタイヤの、自転車だ。
ロードバイク。
誰よりも速く走るための自転車。
数えて数百回目の高校生。
これはそのそれぞれ違う人生を歩んだ繰り返しの中でやっとこさ安定した身体を手に入れる何度か以前の話。
「その」七島は、多大な数の中でも経験したことはなかったはずの、普通の自転車よりも数倍の値が張る、下手をすれば車が変える高額なそれに跨り、しかもその競技部に所属していた。
大体はその時の世界が、一番最初の人生でもだいぶと印象に残っている、インターハイの三日間を放送するだけで一期半分と二期丸々を費やしたスポ根漫画アニメの世界だったことが大きい。
最初はただ、興味本位だったのだ。
自転車というものは盗まれやすい。
面倒がってカギをかけていなかった場合も、ちゃんとかけていても何の工具を使うのか知らないが盗まれるときは盗まれる。
場所は様々、公園や川に適当に止めていても本屋やマンションの駐車場でも盗まれる。
ゆだるような暑い日、取り憑いたのは中学生の少年だった。
どうやら塾の授業の休憩中に脱水症状だか熱中症で倒れ、そのまま病院へ搬送されたらしい。
彼は元々運動嫌いだったらしく身体も健康ではあるのだろうが丈夫そうには見えない肉体だった。
それ以前に高校受験に必死になるあまり休憩時間のすべてまで暗記に使い、クーラーを消した昼の休憩時間すら水分補給を忘れて参考書を広げていては危険な状態になるのも無理はない。
まあそれを咎めずにいた教師にも非はあるが、大体彼の自業自得だろうと七島は割と冷めた見方をしていた。
そもそも夏の真っ最中に水分補給を怠るのは愚の骨頂、自己管理もできず倒れたからと言って幼稚園児でもあるまいに。
彼が運動部だったらまだもう少し賢い習慣がついていたのかもしれないが、死んでしまったのは正直どうしようもない。
受験で頭がいっぱいだったとかいうのは言い訳にもならないのだ。
とりあえず病院で目を覚まし、ああ彼は死んでしまったんだなと理解した七島はひとまずオーバーワークだった受験計画を練り直した。
すでに志望校は決定してしまっているらしく、彼の焦りはこれが原因だったんだろうなと思いつつ、今更変更するのは難しいだろうと判断して机に向かった。
正直中学受験も数十回目である。大学高校も合わせては数えたくない。
異世界や江戸時代やらを何度も繰り返した後では義務教育もいくらかすっぽ抜けてしまっているし、そのため何度か落ちたり滑ったりしたことはあるものの、中学三年分ぐらいなら教科書を眺めれば記憶は戻ってくる。
しかし突然学力が上がっても不審がられてカンニングを疑われても面倒くさい。
経験した苦い記憶を教訓に、現時点での彼の学力レベルを過去問を見ながら頭に入れていくのも忘れてはいけない。
なんだかこれこそカンニングの手伝いをしているような気分ではあるが、すでに自分の肉体として使わせてもらうからには変な悪評は付けさせてはやりたくない。
幸い危惧するほどレベルの高い高校を目指しているわけではないらしく、じわじわと成績を伸ばさせていけば十分合格ラインだろう、と計画を立て終えてみればすることが無い。
英単語の一つでも覚えようかと考えても、正直だるい。
ひとまず休憩しようと家の外に出れば真夏の太陽が肌を焼く。
自転車にでも乗って街の散策にでも出ようとマンションの駐輪場に足を向けてみるが、自転車は数か月前に盗まれてしまったらしかった。
仕方ないと記憶を探ってスマホを操作し、近くの自転車回収施設を検索すると案外近くだったのでそこへ向かう。
盗まれた自転車を探していると言えば入れてくれるだろう、たぶん。
そんななんとなくで行った自転車回収施設で従業員さんと仲良くなり、自分の自転車は見つからなかったが代わりに受験に無事合格したら好きな処分間近の車体をやろうかとか話をして、ロードをタダで手に入れちゃったのは笑い話だろう。
駐輪場や自転車放置禁止区域などから回収し、大体どこも三か月あずかったら処分することになっている。
そうは言っても、引き取りに来る持ち主はかなり少ない。
ホントはやっちゃいけない事なので誰にも言わないけれど、ラッキーだったのだ。
なんとなく遠い昔の記憶にある漫画を思い出し、じゃあこれがいいから置いといてくれとお願いし、無事合格して引き取りに行き、使ってみたらこれが面白い。
ハンドルやペダルは普通のものの、所謂普段使い用の自転車だ。
白い車体に焦げ茶の皮のサドルがカッコいい。
系列の自転車ショップでナンバーを入れてもらい、堂々と乗り回すようになったころにはロードの魅力に魅せられていた。
その辺は割愛するが、とりあえず合格した高校に自転車競技部がある事をパンフレットで確認したあとに久々に歓喜の声を上げたぐらいには、だ。
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何度も様々な生を繰り返し、いい加減疲れて無気力だった魂が、ペダルを回す間だけ休まった。
世界一過酷なスポーツをやりながらなんだと思うが、休まるのだ。
ただただ肉体を酷使し、前だけを向いて。
難しいことは考えさせないでいてくれる乗り物だった。
そして。
初心者ではあるが努力を重ね、それなりのレベルに漕ぎ付け部員が少ないのもあったが夏になる頃には部のレギュラーメンバーに選ばれていた。
インターハイのような団体戦は経験していないが、個人戦ではそこそこの成績を出しつつやはり一番大きな舞台で走るのは一度は夢みる。
やれるところまでやってやろう、と丁度新任になった監督が競技に関心を持ってくれているのを幸いにレギュラーメンバーだけでなく部員のほとんどをあちこちのレースに送り出すよう仕向けては励まし応援し、部活を盛り上げるのに一役買った。
その努力が実ったのか県大会で準優勝。
来年こそは!と先輩たちと涙を流していると、なんと優勝校がレース中の不正行為を告白してインターハイ出場を辞退という異例のハプニング。
優勝校の部長の清廉潔白を願うバカ正直さと見上げたスポーツマン精神に感心しながらも、思いがけず飛び込んできたチャンスに胸が高鳴ったのは事実だ。
準優勝校である自分たちが県を代表して走るという重圧を背負い、なおさら恥ずかしい記録は残せないと一同力を挙げて一層真剣に練習しまくった。
今考えるとむしろ良いプレッシャーだったのだろう。
インターハイ当日。
コンディションは上々、やる気も本気も十分。
全員で編み出したコース取りと連結、集中力もしっかり鍛えた。
「王者箱学、総北、京伏。どれともちゃうけど、ちょっとぐらいはええとこ見せんとなあ。ま、原作開始は来年やけど」
「どしたあ?七島」
「いえ。めっちゃええ空やなあって。こんな天気で一日走り回ったら、さぞ気持ちよさそうや」
「なにゆうとる。走り回るんちゃうで?絞り切れるまで出しきんねんでえ」
「判ってますって。ダイブツ先輩」
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手嶋や青八木、新三年生組と同じ年。
原作キャラは個人レースでたまに見かけていた。
でも高校一年の夢主はそんなに成績が良かったわけでもないから記憶されていないと思われる。
彼らを見かけてからああ弱ペダの世界かと理解し、同時にこの世界で急に自分がロードに乗りたくなったのは世界がそうさせたのかなとかちょっと悩んだけど別に気にしないことにした。
自転車回収施設のおじさんとかとはたまに喋る。
おじさんたち何人かもロードやってる。職員だから回収車を売るのは禁じられているけど、交換ならいいだろと売ったらそこそこなパーツとか融通してくれる。
ヘルメットは基本部室に置いてある備品か自前の自主練用の二つ。練習用ジャージとグローブとシューズはさすがに買って揃えた。
金のかかる部活なのになかなか必要な分の部費が回ってこない状況にしびれを切らして、一年なのにいろいろ暗躍したりした、実は先輩たちに恐れられつつ感謝されている夢主。
恐らく次期副部長。
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管理人は奈良県出身。
弱ペダで出てきた奈良代表選手には納得いかなかった。
何あのあんぽんたん。
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