小連載
1
(……煙?)
いやちがう、あれは送り火だ。
茄子の牛を見つけて法等は「そうか、お盆か。」とつぶやいた。
例によって音にはならない声だ。
(そういえば、この私がこの姿になったのも、こんな感じの季節だったよな)
よく覚えていないけれども、大体それぐらいならわかるのだ。
なんとなくそこらを見渡すと、お盆に帰ってきていたのであろう帰らぬ人がふらふらしている。
たまに人間がその姿を見つけて叫び声をあげたり目を擦ったりしているが、そこまで珍しい光景ではなかった。
(既に自分が死んだことはわかっているから、そうそう悪さするわけではないんだよね)
生への執着というのだろうか。
魂魄の両方が肉体から離れるとふっと不思議と「もう終わりだ、仕方ないな」という気持ちになるのだ。
肉体がない亡霊はあまり生きた人間に興味がないらしい。
まれに悪霊とか呼ばれる、生きた人間の生気を吸い取ったり肉体を乗っ取ろうとするやつもいるけれども。
と、その時だ。
ちょうど目の前にいた亡霊が、生きた人間に掴みかかった。
『……まだだ』
「ぎゃあああぁ!?寒いっ、寒いっ!?なんだよ!?」
『まだだ……まだだ……』
こいつ、悪霊か。そうは思うが法等にはどうすることもできない。
青ざめてじたばた暴れる人間は夏だというのにガタガタ震えだした。
亡霊の腕ががずぶずぶと肉体に入っていく。
よくある幽霊が人間の体を通り抜けるほうではなく、肉体の中をわしずかみにしようとするほうだ。
狙っているのが心臓なのか魂なのかはわからないけれど、命の危機であることは明白だった。
「さ、寒い、寒い……、ひいい、助けて」
『まだだ……まだ、私は死んでいない!!』
(、そうだ。私もこんな風になったんだ)
(私も、あの夏の日に、後ろから襲われて、体から放り出されたんだ)
思い出した。
たぶん、またすぐ忘れるけれど。
自分を見ているようで気味が悪い。
だけど、気になる。
亡霊に乗っ取られたらどうなるのだろう。
今の私の体はどうなっているのだろう。
(どうすれば、)
――ゴンンッッ!!
なにかひどく重たい重低音が聞こえた気がする。
と、目の前にあった亡霊が5メートルほど離れたビルの壁に埋まっていた。
黒くて棘がいくつもついた大きな金棒が亡霊の頭にめり込んでいる。
「――まったく。駄々を捏ねていないで、さっさと地獄の窯の向こうへお帰りなさい。現世の一般人に迷惑をかけるなとあれほど言ったのに」
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