桜
1
一瞬、目の前が真っ黒に染まる。
闇の中のはずのその映像は何かを示していた。
鮮やかに鮮明に、雹の脳へと直接送られるなにかの映像、音。
叫び声。
『嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!』
『お願い、行かないで!』
誰だ?
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』
なんて苦しそうな声。
必死な声。
『一人にしないで!』
子供の、叫び声。
そして、黒。
(――――――)
一瞬にして、途切れる。
妙に納得した。
(ああ、ごめんね)
(長いこと、待たせてしまった)
(待っていてくれたんだ)
負けてはいけない。
(・・・離しては駄目だ、駄目なんだ、絶対に)
珍しく必死にそれを握る雹の顔には冷たい汗が張り付いていた。
それでも離さない。
離してはいけないのだとうわごとのように言う。
(・・・今離したら、もう)
永遠に失われてしまう。
二度と逢えない。
修復の魔法をありったけの力を込めてかける。
大きすぎて闇の魔法となった負の感情の塊を拭うように。
灰色をしたそれの表面が、ちらりと光を宿す。
これが、元々持っていた輝きだ。
また、力を込める。
戻って来い、と念じながら。
どれぐらいそうしていたのだろうか。
いつの間にか雹は身体を地面に横たえ、半分眠ったような目で手の中を見ていた。
汗の滲んだその手。
替わった模様の刺青が入った片手をずらすと、控えめに光る宝石が出てきた。
半透明のそれは濃い目のオレンジ色。
琥珀、だ。
きっとこの木から作られたんだろう。
きっと気の遠くなるような年月の中で作られたタイムカプセル。
はぁっと息を吹きかけ、寝転がったまま、雹は手の中のそれをしげしげと見つめる。
天然の無加工の品など殆ど見たことが無いが、大きい。
透明に近いペールイエローから、赤の混じった黒色、金魚のような紅、バイオリンのようなあめ色の茶まで混じっている。
魔力も感じる。
純粋な、けれど暴力的なほどの大きな力。
鈍色に染まっていた腕や肩もすでに灰色に戻っていた。
――ああ、なんて懐かしい気分なんだろう
そこで、雹の記憶は途切れる。
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