恋人 (こいびと)
二日前に遊園地に遊びに行って以来、綾辻さんからメールは来ない。
前から山ほど来ていた訳じゃないが、どこか避けられてる気がして寂しかった。
と、言いつつ自分からメールを送らない俺もあれだが…。
「京条、綾辻まゆりについての情報をまとめた書類だ。ほらよ」
「ん」
伊藤が投げてきた書類を受け取る。
誕生日、血液型。
両親の名前などの家族構成。
基本的な情報が大半を占めていた。
が、あるところで俺の目が止まる。
「これは…?」
「お前が求めてた情報の一環じゃないのか?俺はそう思ってそこにまとめさせたんだが」
「あ、ああ。そうだ」
忘れていたわけじゃない。
むしろ求めていた。
こいつらを信用していなかった訳じゃないが、こんなピンポイントで情報が手に入るとは思っていなかっただけだ。

『綾辻まゆり、15歳のころ、卒業間近にして歌を失う。』

「よくやった伊藤!」
「俺じゃない。俺の仲間にいえ」
「ああ!」
で、その内容は…。

『要因は恋人に捨てられたことへの精神的苦痛からかと思われる』

「…恋人?」
一瞬頭の中に嫌な感情がよぎった気がした。
しかしそれはすぐに姿を隠し、俺の頭から去っていく。
「………伊藤。人は恋によって声を失うなんてあり得ると思うか?」
「んー…」
伊藤は少し難しそうな顔を浮かべ、そしてこう言った。
「失恋は割と苦痛らしいから。そういうことはなくはないのかもしれんな。何より……」
「………???」
じぃーと伊藤はこっちを見つめる。
どことなく俺を舐めているようなきがする。
「お前がその人を探しているのは、恋したからじゃないのか?」
「…あ」
伊藤に言われて思い出した。
俺は確かに恋をした。
しっかりと確認した人ではなく、天使の鼻歌を持った人。
「ほらな。もういいだろ、邪魔だ邪魔だ」
シッシと伊藤は俺をはらう。
「ま、まあ礼を言う。ありがとうな」
「!?」
扉を閉める間際俺はそう言って出て行った。
伊藤に背を向けていたため、俺は奴が驚いたような表情を浮かべているのに気付かなかった。


「つーか、昨日のあれはなんだったんだ…」
昨日のあれ。
部室を出ていく間際に俺たちを襲ったものすごい衝撃。
伊藤や他の会員に聞いたが、わからないらしい。
(…………)
まあ、わからないものはわからない。
その内わかるだろうと、俺はそこで考えるのをやめた。
「そんなことより…」
呟きながら俺はケータイを取り出す。
すぐに電話帳のトップを飾るものへとメールを作成しはじめた。
「……………と」
少し迷ったが、わりとすぐに文は完成した。
小論文よりメールの方が難しくないかと思う最近だ。
すぐには返信が来るとは思っていないため、俺はポケットにケータイを直した。

と、そのとき、ケータイが震え始めた。

「!?」

今直そうとした瞬間だったため、俺は少々驚いてしまう。
指先に触れるこの震えは、確かにメールを知らせるパターンのバイブレータだ。
「ふぅ…」
軽く息を吐いてケータイをを取り出し、メールを開く。
……綾辻まゆりからだ。

【うん、わかった。そう言う話は直でした方がいいかもね。京条くんの言う通り、勘違いも少ないだろうし。場所は雨ヶ崎高校の近くでいいの?】

確かに俺の送ったメールへの返事だ。

【ああ、構わない。ならば日時と時刻の候補を上げるからこの中から選んでくれ。まず―――――】

「よし」
内容は決め、すでに送った。
彼女からの返事があれば―――っと、もう来たか。
内容は了解した。
これで話ができる。
さっさと話さないと胸の辺りのざわつきが収まらない気がするからな。
とにもかくにも、俺はまた彼女に出会う口実と、機会を得たのだった。



【うんわかった!また妹ちゃんに会いに行くね!】



そして約束の日

「あ、京条くん!」
綾辻さんが俺を向こうの方から呼ぶ。
別に待ち合わせに明確な位置を決めていたわけじゃなく、ただこの駅の東出口と決めただけだった。
俺は彼女の方へ歩いていき、彼女も俺の方へ走ってきた。
「ごめんね、ちょっと遅れたかな」
「いいや、電車が予定より少し遅れてたようだから大丈夫だ。俺も今ここに来た」
嘘だ。
「じゃあ…えと、落ち着いて話せるところに行こうか」
彼女はそう言うと、もういく場所を決めていたのだろう。
さっさとどこかに向かって歩き始めた。

ついたところは彼女の家だった。
「入って…いいのか?」
「うん、今誰もいないし」
そっちの方がヤバくないか…?
「ま、まあ…お邪魔します」


まゆりの部屋

「京条くん、お茶いる?」
「あ、いや、お構い無く」
駄目だ、声が上擦ってちゃんと話せない。
「じゃあこれはどう?最近おばあちゃんが送ってくれたんだ〜」
……?
彼女は笑みを浮かべて俺にお菓子を差し出す。
が、その笑みに俺はどこか違和感を感じた。
いつもと違い、なにか無理をしているような…でも自然に笑っていると言われればそう見えなくもない気が…。
「どうしたの?京条くん?」
「……あ、なんでもない」
「そう?ならいいけどねっ」
俺は動揺を隠すためにお菓子を受け取ろうとした。
そのとき

ピリリリリリ

「ん?」
「…。私じゃないね。京条くん?」
言われて俺もポケットに手を突っ込む。
案の定俺のケータイが震えていた。
「すまん、電話だ」
ケータイを取り出しつつ彼女の部屋を出る。
画面には伊藤と表示されていた。
「なんだ」
『ああ京条か?お前が綾辻まゆりと一緒に歩いているのを見たと言うやつがいるんだが、どうだ?』
なぜ知っている。
……ああ、部下か。
『やはりか。彼女と話すならこいつをお前に教えておいてやる』
…………。
『俺たちは今までお前に礼を言われたことがない。まあ取引で互いに繋がっているだけだからな』
『でもお前が綾辻まゆりと関わり始めてから、お前は劇的に変化を遂げた』
変化?
『そうだ。お前は彼女と関わることによって変わり始めた。それも、ものすごく良い方向にな』
伊藤がそう言うが、俺にはわからなかった。
いや、心当たりがないと言っておこう。
『お前に礼を言われたことのない俺たちが、この間お前に礼を言われた。それは劇的な変化だ、京条』
「…………」
『京条自身気付いていないだろうが、綾辻まゆりと関わってからお前の表情も少し豊かになっていた。それだけの変化を彼女はもたらしたんだ。あとはわかるな?』
彼女といれば俺は良い方向に向かえる。
そう言うことだろう。
『彼女と話すときにはそれを頭に入れておけ』
「……ああ」
そうして、奴は通話を切った。
あいつが言ったことを思いながら俺は考える。
彼女がもし、俺の探している人ではなかったときのことを。
「………………フン」
少し考えてから鼻で笑う。
そうだ、そんなこと初めから決まっている。
そして俺はまた彼女の部屋へ入った。

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あきゅろす。
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