《約束以上》
―仁王視点―
矢倉との出会いから時間がいくらか経過したのち、矢倉が立ち上がってくれてホッとした。
あのままでは本当にお化けさんとお友達になりかねんかった。(別に怖いわけじゃなくて、)
彼女ん歩みが覚束(おぼつか)なくて、見てて危なっかしいため、しっかり見張って俺は隣を歩いた。
「矢倉、チャリが来たぜよ。左に避けんしゃい。」
『……』
「なにしとう。もうちょいそっち、」
狭い歩道で自転車と行き違うのに矢倉と左に避けた。それは今までにないくらい彼女との距離が縮まった瞬間だった。
ところで帰路の間、矢倉が泣いていた理由を聞くチャンスが何度かあった。しかし、聞かなかった。きっとその話題には触れてほしくないだろう、と思ったからだ。
俺なら触れてほしくないしのう。
「この辺りに住んどったんじゃ?」
彼女の住んでる場所はよく知らんかったがしばらく矢倉の隣を歩いて気付いた。今、自分が歩いている道は見たことがある、と。
「ここらは連れられて何度かきたことがあるぜよ。」
まるで知ったような口ぶりで言ったことをフォローするように付け加えてそう言った。
よくつるんでいたブン太の家が近かったため、この辺りを歩くことは結構あっただけの話。
『仁王くんはどこに住んでるの?』
今まで口を開かなかった彼女にそう聞かれ、驚いている暇さえなく、とっさにこう答えた。
「この近くじゃ、」
気を遣わせたくなかった。
泣いていた彼女の心をさらに病ませるのは配慮の欠けたことだと思った。だからといって嘘をついていいか、と言うとそうではないが。
『仁王くん、ここでいいよ。』
「ちゃんと家に帰るかねぇ?」
『帰るって。』
「ならいいが…」
別れを告げられた場所から自宅が近いのかもしれない。それでも時間が時間だし、今日の彼女の様子からして無事に帰宅出来るか心配だった。(メアドを知るくらい親しい間柄なら連絡取れるからよかったんじゃけど。)
まぁ、帰宅も心配だが実際は明日のことの方が心配だったり。落ち込んでいるなら学校を休むことも考えうる。
「明日、学校来る?」
『え?』
「来んしゃいよ?」
『……わかんない。』
辛いことがあれば、浮かない顔をする。登校しても友達へいつもみたいに接したり出来なかったり、心配される。さらに上の空だったりするかもしれん。
ただ、俺は独りでいると考えがよくない方向へ向くばかりだと知るから学校に来るよう、促した。
「いや、来んしゃい。命令じゃ。」
『なんで仁王くんに命令されなきゃならないの。』
不満そうな表情。これは休むつもりだったのかもしれん。しかし、そうさせないためにこう言った。
「来なきゃ迎えに来るぜよ?」
そうすると少し驚いた表情でため息をついて彼女はこう言った。
『行きます!』
「よしよし、」
コロコロ変わる表情と自分の発言ゆえに踊る矢倉を見ていると面白かった。
神様はこんな悪い子供(俺)に可愛いおもちゃをよくも与えてくれたもんだ。
俺は小さく笑って矢倉の頭に手を乗せた。
「明日来たらきっといいことあるぜよ。」
友達に慰めされたり、ひょんなことから笑えたり、辛いことを忘れたり出来る。一時といえ、今日のことをたいしたことではないと思えるはずだ。
「じゃあ、明日な。」
『うん。』
彼女は約束を守る。そう確信すると俺は矢倉に背を向け、左手を挙げて別れを告げた。
「(不思議なもんじゃ、)」
人間とのやり取りが人生において一番面倒臭いことだと思っていたこの俺が初めて会話をした人の相手をするなんてな。
昔から(て、人生17年じゃけど)人の感情を汲み取るのが上手い、と言われたが親しくない人間ほど難しいのを知っていてよくぞここまで出来たもんじゃ。
曲がり角を曲がり、矢倉が見えなくなると家の塀に背中を預け、空を見上げた。
「はぁ。生きとるといろんなことがあるもんじゃのう。」
ジジ臭い。そういう声が聞こえてきそうな台詞に自分で笑った。
しばらく空を見上げていたが矢倉がどうしたか思い出し、曲がり角から彼女がおった場所を見た。
まだそこに彼女はいた。
「(また泣いとうし。)」
泣き続ける矢倉を見て、帰宅するのはまだまだ先になりそうだと思い、その場に腰を下ろした。やはり、家まで送るべきだったと後悔しながら。
俺が帰宅したんは9時を過ぎとった。
「雅治、あんたこんな時間までなにしとったん?」
「ウサギさんを家まで送り届けとったん。」
「(ウサギ?あの学校にウサギなんていたっけか?)」
帰宅して早々、心配していた家族にそう説明し、冷蔵庫からミネラルウォーターを出した。
それでふと、思い出した。あれだけ泣けば明日は目が腫れているだろう、と。
「……母さん、コンビニでお茶買ってくるぜよ。」
「こんな時間に出掛けるん?」
「痴漢になんてあわんから心配しなさんな。」
「そうじゃなくてねー」
夕飯を食べてから動くのは面倒だから、と食前に近くのコンビニへ行き、お茶を買ってきた。
「(せめてまた笑うようになればのう…)」
そう願いを込めて冷凍庫に飲み物をしまった。
それで気づく。
たいして仲良くもなかった人間をこんなにも心配して、世話焼いている自分に。
少しだけ笑えた。
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