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《自虐行為》
―仁王視点―


今までにないくらい緊張していたかもしれん。この煩い心音が雨の音で掻き消されることに感謝したくらいじゃ。

背中にちあきを背負っているとちあきが緊張していることが直接伝わってきたから余計かもしれんが。


『ねぇ雅治。雅治は暗いの平気?』

「まぁな。ちあきはダメそうじゃな。」

『得意ではないかな。』


だから、雅治が来て安心した。と、付け加えて言ったちあきの声は本当に優しかった。


「そういや、前にちあきが俺に『仁王くんは怖いものないんじゃない?』て言うてたん覚えとう?」

『え?あ、うん、言った記憶ある。』

「俺にもあるぜよ。」


ちあきにそう尋ねられた時はなにも怖いものなんて思い浮かばんかった。

ブンみたいに真田の雷が怖いとかお化けが怖いとか、そんなことはなかったし、人に嫌われるのも慣れたもの。

しかし、俺に怖いものがあるとちあきに会ってから気付いた。


「ちあきが苦しんで泣いとうのをただ見てることじゃ。」

『雅治…』

「なに迷っとうの?」

『私の気持ちを今のあなたは聞いてくれないんじゃない。』


ちあきんことで自分とちあきが傷付くことが怖いんじゃ。

あれだけ自信があったんにこの合宿に来てからちあきが出した答えを受け入れる自信と勇気がなくなった。だから、避けてきた。じゃけ、逃げてるだけかもしらんのう。じゃき、いつまでもそうはいかん。

俺は賭けに出ることにした。


「悪いが……もうちあきん涙は拭いてやれん。これが最後じゃ。」

『雅治っ!』

「(俺の前だけで泣いていればいいと思っとったが…そうはいかんかもしらんのう。……怖い。)」

『話上手じゃないから拙い話になるけど、雅治はいつも聞いてくれてたじゃない。もう――叶わないの?』

「俺じゃのうて、ちあきには跡部がいる。アイツはよりを戻すつもりなんじゃろ?」

『景吾とはもう……っ、』


例え、ちあきが立ち上がる踏み台になったとしても俺は最後までこのウサギを看病したと胸を張って言える。

ウサギが俺より昔の飼い主を選ぼうがウサギの決めたことじゃき。


「ちあきを長年見てきたヤツもおるし、おまえさんはもう…俺がおらんくても大丈夫じゃ。」

『なんでっ、』


頭が混乱したのか苦しそうにそういいながら涙声で言ったちあきを背中から下ろした。

下ろしたのは宿舎の玄関前で明かりがついていた。その光でちあきの目に浮かぶ涙が今にも溢れそうになっていることに気付く。

しかし、ここで涙を拭いてやるわけにはいかん。


「またウサギさんなんか。」

『やだ。なんで自分のこと話してくれないの?なんでいつも試すようなことするの?』

「っ、……悪い。」


びしょ濡れになって引っ付いているちあきの前髪をわけて頭を軽く撫で、誰か呼んでくると伝えて宿舎の中に入ろうとした。


『待って!待ってよ雅治!』


俺ん背中に向かって叫ぶちあきをそのままにし、俺は痛む胃を押さえて部屋へ向かった。

きっと、今の声でみんながちあきが帰ったことに気付いたはず。玄関付近が騒がしいからだ。

俺はかまわず部屋に戻った。


「いいんですか仁王くん。」

「なにが、」

「矢倉さんのことですよ。」

「これでちあきが他の奴を選ぶなら俺はそれくらいの男だった、ってことじゃ。」

「随分と自虐的なことをしますね。」


部屋で読書をしていたルームメイトの柳生にそう言われた。確かにそうかもしれないがこれで俺達がなんの進展もなしに終わるなら、ちあきは俺のことを忘れやすいじゃろう。


「矢倉さんを試す必要はあったんですか?」

「おまえさんどこまで知っとうよ。怖いねえ、うちの紳士は。」

「……それよりまず、お風呂に入って体を温めてください。風邪をひきます。」

「はいはい、」


柳生にうるさく言われてしまい、シャワーで済まそうと思ったがそうはいかなくなり、風呂に入ることにした。

それはいいとして、今更になって手が震え出した。決して冷えたからではない。


「……明日が怖いのう。」


自分から仕掛けたくせに今になってびびっているなんて情けない。

震える左手をグッと握り締め、その拳をまた包むように右手で覆い、握った。まるで祈り、願い求めるように。





あきゅろす。
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