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《嵐になる予感》
―ちあき視点―


初体験だ。

今まで恋をして苦しさ故に睡眠不足なんかになった記憶なんてない。


『(……クマが。)』


酷い顔をしている私を見たジャッカルくんが心配そうに話しかけてきた。

こんな顔を見られたくないのに。


「おい、どうしたんだよ。」

『寝不足なの…』

「なれない布団のせいか?」

『違うんだけどそれでいい。』


私の返事に彼は首を傾げるだけだった。

しかし、なにかに気付いたらしく、ジャッカルくんはふと笑ってこう言った。


「矢倉が不調だと不調な奴が続出するな。」

『え?』

「無理だけはするなよ。眠いなら休息をとったらいい、」


純粋に心配してくれてる彼にありがとうという言葉を返す。

しかも、涙を浮かべて。それは感動してではなく、眠いから欠伸を連発したからだ。

失礼だな私。

きっとすごく不細工な顔だっただろう。けれど、彼は全く気にすることなく去っていって少し安心した。


『(眠れないくらい悩むってことはやっぱり好きなんだよね…)』


昨日の話。

肝試しから部屋に帰ってきた雅治は楼兎ちゃんと足並みを揃えて楽しそうに笑っていた。

楼兎ちゃんは忍足くんの彼女だから雅治と“そんなこと”にならないのは知ってる。

だけど、胸が痛んだ。

他の子と楽しそうにしてる雅治は初めて見た気がした。


『……はぁ。』

「ため息をつくと幸せ逃げるぜぃ?」


誰も周りにいないと思ってついたため息に突っ込みを入れてくれたのはブン太だった。

情けないな。


「どうかしたのか?」

『昨日の肝試しの帰り、窓から見えたんだけど……雅治が他の女の子の前で笑ってるの初めて見た。』

「は?」


私の視線の先を目で追ってくれたのかブン太は私が見ていた人物を見てため息をついた。

昨日ブン太に告白されたばかりなのにこんな話を彼にするのは酷なことだとすぐに気付いた。

それで苦笑しながら恋煩いというのは厄介なもんだな、と呟くと上から馬鹿と叱られた。


「アイツ、ちあきの前だとまた違う顔してるんだっつの。あんな氷帝マネなんか比べもんにならねぇし気にすんな。」

『でも、しばらくは私に笑ってくれないかも。』


理由を聞いたわけではないけど、ブン太と手を繋いでいたところを見られてから避けられてる気がする。

最後に見た彼の笑みを思い出してもわかる。私に向けてくれた笑みは力がなかった。全てがどうでもいい、と語っているような投げやりな笑みだった。


『……どうしたらいいかわからない。恋がこんなに苦しいなんて知らなかった。』

「ちあき…」

『ごめん。ドリンク作りに行ってくる。』

「あ、おい!」


ブン太に引き止められたけど、逃げるようにその場を立ち去った。

口実だったけど折角だからドリンクを作ろうと思い、水道のところまで来て作りはじめた。


「ちあき。」


急に声をかけられて驚いた。その相手が景吾だったから余計だったかもしれない。


「ちあき、話せないか。」

『…今は仕事中だから。』


景吾からの申し出を断る口実なんて今の状況ではマネージャー業しかなかった。たいした妨げとならない口実だから彼ならきっと私の優先順位を覆してくる。


「そんなもん楼兎がやる。」


やっぱり。

でも、景吾と二人にはなるとなんだか怖い。彼にフラれた記憶が蘇るから。


「ちあき、話を聞け。」

『いい、仕事したいし。』

「ちあき!」


断ってるのにその返事を受け入れてくれないなんてあなたらしい。そんなことを思って昔のように今は笑えない。

時の流れが私を変えた。


「ちあきには悪いことをしたと思ってる。だが、あれはおまえを守るためであって本心じゃねーんだ。」


初めて知った事実に涙が溢れてくる。

あの時、苦しくて泣いたのは一体なんだったの?

自分の中でひたすらその疑問がループしていた。答えなんてないのに。


『い、まさら言わないでよ…』

「やっと問題が解決したんだ。今からやり直そうぜ?」


やり直す?

だって、一度距離が出来てしまったのに絆を元に戻せるの?あなたは私の傷を痕を残す事なく治せるの?


「俺は今もおまえが好きなんだよ。」

『景吾…』

「だから――」


手を握られて引き寄せられた。その力強さに抵抗出来ずに私はされるがままになっていた。

その時――。


『!』


携帯が着信してポケットで音を発し、振動した。その音で驚いて怯んだ景吾の懐から私は逃げることが出来た。

折角のチャンスなのに早くしないと切れてしまう、と焦る私を冷静な目で彼は見ていた。

携帯をポケットから取り出した私は携帯を開こうとした。


「(……ストラップ。)」


その携帯は景吾によって払われてしまった。

宙を舞う携帯に手を延ばしたのにその手は景吾に捕えられてしまい、また彼の懐に逆戻りする。


「ちあきは誰にも渡さねぇ。」


そう呟いて彼は私の顎をすくった。地面にたたき付けられた携帯は壊れる事なく今もなり続けていた。

心のどこかで求めていた助けがそこにあるのにそれを横目にこのまま唇を奪われてしまうのか、と諦めていた時だった。


「はいはい、そこまで。」


私と景吾の顔の間にスコア表を挟んでいたボードが割り込んできた。

助かった。と、安堵した瞬間だった。

ふと横を見るとそこには携帯を片手に持つ雅治がいた。


「仁王…てめぇ、邪魔すんな。」

「おーおー怖いねぇ。」

「ふざけてんのか!」


開いている状態だった二つ折りの携帯を雅治が閉じると地面で鳴っていた私の携帯が静かになった。


「(…ちあきと色違いで同じストラップ?)」


携帯をポケットに突っ込んだ彼は私を景吾から引き離してくれた。

あれだけ避けられていたから助けに来てくれるなんて思いもしなかった。だから、すごく嬉しかった。


「ちっ、次はねぇからな仁王。」


景吾は雅治に一つ忠告すると渋々去っていった。引き下がった理由はいいとして、わりとあっさり引き下がってくれてよかったと思った。

それは彼のおかげだ。


『ありがとう。』

「これからは気をつけんしゃいよ。」


よそよそしい態度のままだけど、私は雅治が来てくれただけでも嬉しかった。

その理由がなんであっても。


「ドリンク持ってっていい?」

『あ、うん。』

「ご苦労さん。」


ボードで頭をぽんぽんと優しく叩かれ、キュッと胃が縮むような感じがした。

例え今、彼に避けられてるとしてもやっぱり私は彼――仁王雅治が好きなんだと改めて実感した。


「(仁王か。予想してなかったぜ。)」


幸せを噛み締めてる私はまだ知らない。

今夜の肝試しが私にとっても、雅治にとっても、景吾にとっても嵐となりえるなんて。





あきゅろす。
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